モバイルアプリのエコシステムに大きな変革期が訪れています。AppleとEpicの法廷闘争によって“App Storeモデル”に開いた風穴が、アプリデベロッパーに重大な選択を迫っているのです。つまり、「Appleの既定路線にとどまるべきか、それともアプリ外決済という開かれた海に飛び出すべきか」という選択です。
今回の記事は、QonversionのCEOであるSam Mejlumyan氏が、「Moonly」のCEOのVitaliy Urban氏、「EDA」の共同創業者 Alexander Zimin氏、そしてQonversionのBDE Nick Lazarev氏とともに、この地殻変動を読み解くために実施した、ラウンドテーブルディスカッションの内容をまとめたものです。
“Apple税”の負担軽減と引き換えに増す責任
AppleとEpicの法廷闘争における大きな勝利のひとつは、デベロッパーがアプリ外決済システムを導入することで、“Apple税”と呼ばれるような悪名高い15~30%の手数料を削減できるようになったことです。これは朗報と捉えられています。
しかし、QonversionのSam氏はこう指摘しています。「すばらしいニュースと聞こえるかもしれませんが、実際には返金対応やチャージバック、税務処理などの責任がすべてデベロッパー側にのしかかってくるという意味でもあります」。
特にAppleの「App Store Small Business Program」に参加しているアプリの場合、年間収益が100万ドルを超えるまでは、15%の手数料を支払い続けるほうが、結局はシンプルな選択肢となるかもしれません。
チャーンにもたらす影響と難題
チャーン(解約)にもたらす課題についても触れておくべきでしょう。というのも、「App Store」というプラットフォームの外に出ることが、常に最良の選択となるわけではないからです。
「EDA」のAlexander氏は、2018年から2019年にかけて一部のアプリが、ユーザーを欺いてサブスクリプション登録へ誘導した事例を振り返りました。この問題を受けて、Appleはアプリ削除時に解約を促す仕組みを導入しています。
しかし、Webベースの決済が増えるなかで当時と同様の混乱が再び起こりつつあります。ユーザーのなかには「アプリを削除すればサブスクリプションも解約される」と誤解する人もいますが、実際にはそうではないのです。
さらに「Moonly」のVitaliy氏は、「サブスクリプションを自分たちで管理する場合、解約ボタンがどこにあるかをユーザーにわかりやすく提示する責任を負うことになる」と指摘しています。「もしユーザーが解約方法を見つけられなければ、結局、Appleのサポートに苦情が届くことになり、Appleがあなたに費用を請求してくる可能性もあるのです」。
コンバージョンと信頼性
もうひとつ、重要な課題が残っています。それは「ユーザーはWebベースのペイウォール(支払い画面)に十分な信頼を寄せて、クレジットカード情報を入力してくれるのか?」という点です。
Vitaliy氏はこう述べています。「『Apple Pay』はシームレスです。もしAppleが自社のシステム外でのApple Payの利用を禁止したら、コンバージョン率に悪影響を及ぼす可能性があります。厳しい措置ではありますが、Appleにとっては効果的な手段でしょう」。
Sam氏は代替策として、「Stripe」の「Link」機能に言及しました。これはユーザーの決済情報を保存してくれる便利な機能で、Apple Payほどではないにせよ、一定の助けにはなるとしています。
ユーザープライバシー対アトリビューションの金脈
Appleがユーザーデータを保護する一方で、サードパーティの決済システムを利用すれば、アトリビューションの可視性を取り戻すことができます。これはユーザーの行動を把握し、体験の最適化を図りたいと考えるデベロッパーにとって大きなメリットであるとSam氏は強調しています。
Webからアプリという静かな革命
Alexander氏は、今後さらに拡大する可能性がある注目のトレンドとして、「アプリインストール前にWebでオンボーディングを行う」を挙げました。このような導線設計を採用することで、決済とユーザーへの教育を事前に完了させ、アプリ側でのリテンションレート(継続率)を高めることができるといいます。
Qonversionのノーコードペイウォールビルダーは、コードを一切書くことなく、オンボーディングやペイウォール体験の設計、テスト、リリースが可能。
Appleの対応:戦略的イノベーション
「Appleは訴訟に敗れるたびに、イノベーションで対応してきました」とAlexander氏は指摘します。例えば、App Store Small Business Programは訴訟の産物であり、今後もデベロッパーに優しいように見せながら、Appleが主導権を握り続けるような施策が打ち出されると予想されます。
また、変化のスピードについては参加者全員が一致した見解を示しました。「変化はやってくるが、急には起きない」ということです。Vitaliy氏はこう助言します。「まずは状況が落ち着くのを待ちましょう。大手企業の動きを注視するのが先決です」。
今、デベロッパーが心得ておくべきこと
この変化の本質は「選択肢の拡大」にあります。しかし、その選択肢には複雑さが伴います。Sam氏はこう総括しています。「決済支援事業者は、ネイティブ決済とWebベースのサブスクリプションの両方に対応できるインフラを提供しなければなりません」。
今は混沌とした状況ではありますが、同時にチャンスにも満ちたエキサイティングな時代です。優れたアプリを開発し、収益を拡大したいのであれば、常に先を見据え、新たなテクノロジーへの対応を柔軟に保つことが求められます。