「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(以下、スマホ新法)の全面施行が2015年12月に予定されています。アプリ事業者・開発者にとってアプリ外での決済が現実の選択肢となる中で、今まさに「外部決済シフト」への対応を検討している方も多いのではないでしょうか。今回の記事では、スマホ新法の制定に至るまでのグローバルな視点での経緯や、これからアプリ事業者が外部決済の導入を検討する際にチェックしておきたいポイントについてお伝えします。
※本記事は、2025年8月20日に開催されたRepro株式会社主催セミナー「アプリ外決済・アプリ課金が変わる!『外部決済シフト』完全攻略セミナー」の内容を再編集したものです。
「スマホ新法」がアプリ事業者に及ぼす影響は?
2015年12月19日に全面施行が予定されている「スマホ新法」は、スマートフォンの利用に特に必要な「特定ソフトウェア(OS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジン)」が、現在AppleとGoogleの寡占状態にあることを是正し、「セキュリティの確保等を図りつつ、競争を通じて、多様な主体によるイノベーションが活性化し、消費者がそれによって生まれる多様なサービスを選択できその恩恵を享受できるよう、競争環境の整備を行うため、一定の義務を課すもの」(デジタル分野における公正取引委員会の取組 - 公正取引委員会より)とされています。
後述する欧州連合(EU)のデジタル市場法に対応する枠組みで制定されたスマホ新法は、Apple、GoogleおよびAppleの子会社であるiTunesの3社を対象に指定。2025年7月29日に公正取引委員会が示したガイドラインで100以上の事例を用いて違法となる行為を具体的に示すなど、運用に向けた動きもはじまっています。
【関連リンク】(令和7年7月29日)スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律第三条第一項の事業の規模を定める政令等の一部を改正する政令等について(公正取引委員会)
スマホ新法により日本でも「アプリ外決済」が現実のものに
ブラウザや検索エンジンなどスマートフォンに関する項目を扱うスマホ新法ですが、特にアプリ事業者に与える影響として、以下の項目が挙げられます。
- アプリ外決済(外部決済手段)の利用を認める
- 第三者アプリストアの導入を可能にする
- アプリ提供者に対する不当な制約や差別的扱いを禁止する
- 指定事業者(Apple/Googleなど)に年1回の報告義務を課す
- 違反時は国内売り上げの最大20%の課徴金
この中でも、特に多くのアプリ事業者から注目されているのが、App StoreやGoogle Play ストアの課金システムを使わず外部サイト(Web)や外部決済サービスを通じてユーザーが決済する仕組みである「アプリ外決済」です。
では、そもそも現在主流となっている「アプリ内決済」(In-App Purchase/IAP)とはどのようなものなのでしょうか。
原則30%の手数料が必要になる「アプリ内決済」
現在、App Store、Google Play ストアなどのプラットフォームを利用した「アプリ内決済」では、売り上げに対して、AppleおよびGoogleから原則30%の手数料が課されています。
■アプリ内決済の手数料(2025年8月20日時点)
アプリ内決済は基本的にデジタルコンテンツの販売に使われます。ゲームアプリであれば、キャラクターやアイテム、ステージ解放や広告非表示といったデジタルコンテンツや追加機能が販売され、実物の商品購入には使われていません。決済タイプには、コインなどの消耗型、一度決済することで無制限に使える非消耗型、自動更新されるサブスクリプションなどがあります。
【関連記事】アプリ内課金とは?販売できるコンテンツの種類と課金形式、最新の課題をわかりやすく解説(Repro journal)
たとえばゲームなどのアプリを運営していて、キャラクターやコンテンツの販売で月間10億円の売り上げがある場合、「10億円×30%=3億円」の手数料が課されています。年間であれば36億円が手数料として支払われる計算です。
「Apple税」「Google税」などと揶揄されてきたその手数料や、アプリから外部決済ページへのリンクや導線を設置することを禁止する「アンチステアリング規定(アンチステアリング条項)」への批判も高まる中で、いくつかの訴訟やデジタルプラットフォーム事業者に対する規制強化の流れから、近年はこの決済手段に流動性が求められるようになりました。
アプリ外決済、法規制の歴史
スマホ新法が制定されるまでには、世界各地で様々な動きがあり、日本の法制定に影響を与えているものも少なくありません。まずは年代・地域別にその経緯をふりかえってみましょう。
▼2008年~2010年:アプリ内決済の始まり
2008年にiOSユーザーを対象にしたAppleの「App Store」、2012年にAndoroidユーザーなどを対象にした「Google Play ストア」が本格稼働を開始しました。
この時点で、アプリの決済は必ずApple/Googleを経由すること、および30%の決済手数料が課されることが定められ、そもそもアプリの外部で決済をしてコンテンツを購入する選択肢はありませんでした。
▼2018年~2020年:ストアへの不満爆発。訴訟も
「Apple税」「Google税」などと揶揄されてきた30%の手数料について、高すぎると指摘する機運が高まったのがこの頃です。また、アプリから外部決済ページへのリンクや導線を設置することを禁止するアンチステアリング規定がユーザーと開発者の自由を奪っているという不満も噴出。そんな中、手数料やストア利用をめぐり、いくつかの巨大アプリが動きを見せました。
特に注目すべき3つのアプリについてみてみましょう。
■Netflix
Netflixでは、iOSでアプリ経由の新規会員登録を廃止し、ユーザーはWeb経由でのみ登録する形になりました。現在もiOS版アプリからの登録・決済はできません。
■Spotify
2019年に、Appleが自社サービス(Apple Music)を優遇しているとし、EUで独占禁止法違反の訴訟を起こしました。その結果、Appleに18億ユーロ(約2,900億円)の制裁金が課されています。この結果はEU内でアプリから外部決済の案内を許可する動きにもつながったと考えられます。
■Fortnite(Epic Games)
オンラインゲームのFortniteは2020年、アプリ内に独自決済システム「Epicディレクトペイメント」を実装。ユーザーに向けて従来のApple・Googleを利用する決済と、自社システムによる決済の選択肢を提供しました。
それに対し、AppleやGoogleはアップデートのブロックやストアからの削除(iOS)といった対抗措置を実施。一方、Epic Games側は30%の手数料やアンチステアリング規定が市場における競争を制限しているとして、アメリカ、EUなど複数の地域で訴状を提出。さらにSNSなどでユーザーを巻き込みながら「#FreeFortniteキャンペーン」を展開しました。
【関連リンク】Free Fortnite FAQ - Epic Games
ストア独占の正当性とアンチステアリング規定の是非を大きな論点として争われた裁判は紆余曲折をたどりましたが、2025年4月30日に米連邦地裁がAppleの姿勢が反競争的であると判断。アプリ外でのコンテンツ購入への誘導を許可するよう命じ、アプリ外決済にかかる手数料を禁止しました。この判決を受け、2025年5月20日にApp StoreにおけるFortniteの配信が5年ぶりに再開されたニュースは記憶に新しいのではないでしょうか。
Fortniteをめぐる裁判の結果、2025年9月3日現在、米国内ではアプリ外決済にかかる手数料がiOSアプリでは0%(※Andoroidでは26%、また、別途外部決済サービスの手数料は必要)となっています。ただし、Apple側が控訴しているため、恒久的なものになるとは限りません。
【関連記事】WWDC25詳細やiOS版Fortniteの復活- 今週の海外アプリニュース(2025/05/16~05/22)(Repro journal)
これらの動きと前後して、世界的にも「アプリ外決済」へのシフトが始まりました。
▼2021年:韓国が世界初の規制導入
各国・地域に先駆けて2021年に「外部決済を禁止してはいけない」と法律で規制したのが韓国でした。
それに伴いAppleとGoogleは韓国におけるアプリ外決済を容認しましたが、外部決済にかかるプラットフォーム側への手数料は最大26%と割引率は限定的で、外部決済業者への手数料を含めるとアプリ事業者側の負担はほとんど変わらず、アプリの外部決済が進むほどの影響はありませんでした。
▼2022~2023年:日本やオランダでも動きが
この頃、日本でも「スマホ新法」に関する審議が開始されました(成立は2024年)。ただし施行は前述の通り2025年12月18日を待つこととなります。
オランダではDating App(マッチングアプリ)限定で、Appleにアプリ外決済の許可命令が出されました(2022年)。ただし、手数料は27%にとどまっています。
▼2024年:欧州連合(EU)でデジタル市場法(DMA)発行
前述の通り日本のスマホ新法にも影響を与えているのが、EUで採択され2023年に施行、2024年から本格運用が開始した「デジタル市場法」(Digital Markets Act、以下DMA)です。
AppleやGoogleの他、AmaozonやMeta、ByteDanceなど「ゲートキーパー」と呼ばれる巨大デジタルプラットフォームが対象となりデジタル領域を広くカバーするDMAですが、アプリ外決済やアプリの運用に関する内容としては、以下のような要素が含まれます。
- 外部決済の許容(アプリ内課金以外の決済手段を開発者が選べる)
- アンチステアリング規定の禁止(外部サイトへリンクしてユーザーを誘導できる)
- 代替アプリストアの許可(iOS/Androidに「第三者アプリストア」をインストール可能に)
- 事前インストールやデフォルト設定の強制禁止(ユーザーが自由にプリイインストールアプリのアンインストールや設定変更ができるように)
- 自社サービスの優遇禁止(プッシュ通知やATT[App Tracking Transparency]の許諾ダイアログがプラットフォーマー側のアプリとそれ以外のアプリで異なる点などを是正)
DMAの運用開始により、EUではアプリ外決済が可能になり、Apple・Googleともに外部誘導に関するポリシーや手数料モデルを更新しています。詳しい対応内容については、以下の記事や今後のRepro Journalをご覧下さい。
【関連記事】GoogleがDMA対応本格化・ホワイトハウスがTikTokに公式アカウント - 今週の海外アプリニュース(2025/08/22号)(Repro journal)
【関連記事】EUでも“脱Apple税”・中国618商戦の詳細レポート- 今週の海外アプリニュース(2025/06/27号)(Repro journal)
以下に、各地域ごとの規制に対する対応や外部決済導入後の手数料をまとめています(もちろん、様々な変更が想定されるため、恒久的なものではないことをご承知おきください)。
■地域ごとの規制に対する対応(2025年8月20日時点)
アプリ外決済導入にあたってのチェックポイント
日本でも2025年12月のスマホ新法施行が近づいていますが、手数料率などの詳細な対応は、Apple・Googleともに明言していません(2025年9月3日現在)。
現時点ではどうなるか不明な部分が多いものの、アプリ外決済という手段は、アプリ事業者にとって利益拡大の大きな武器となることは間違いありません。最後に、自社のアプリでアプリ外決済の導入を検討している方に向けて、現時点でチェックしておきたいポイントをいくつかご紹介します。
手数料は現状アプリ外決済が安い
前述の通り、現時点ではApple・GoogleからEUにおけるDMAへの対応のような外部決済利用時の手数料に関する声明はまだ出されていません。DMAやアメリカでの訴訟などが日本での対応にも影響することが考えられ、海外のケースとあわせて注視していく必要があるといえるでしょう。また、外部決済サービスの導入や、その手数料もあわせて確認していく必要があります。
決済手段が「アプリ外決済のみ」になるとCVRが下がる懸念がある
現在使われているアプリ内決済における、「1回~数回のタップと顔認証で決済完了」といった簡単なフローと比べると、アプリ外決済で必要になる「アプリから外部ブラウザに遷移し自身のIDやカード情報を入力、ようやく決済完了してアプリに戻る……」といった作業はユーザー体験に大きな差があり、その過程で離脱されてしまうおそれもあるといえるでしょう。
ユーザー体験をいかにスムーズにするかがポイントに
アプリ外決済の遷移をいかにスムーズに実装しユーザー体験を良いものにするかについては、大いに検証する余地があります。ユーザー体験を重視するのであれば、国内外の事例なども見比べながら、アプリ外決済がユーザーファーストなものになり得るかどうかや、アプリ内決済とアプリ外決済の併記といった対応の検討も必要になるとも考えられます。
実際にアプリ外決済を導入しているアプリに関する事例や方法、ユーザー体験の最適化に向けて考えられるソリューションなどについては、今後のRepro Journalでもお伝えしていきますので、ぜひご注目ください。
【関連記事】Epic対Appleの法廷闘争を経て ~アプリ外決済に残る課題と優位に立つ方法~(Repro journal)