マンガアプリ黎明期に先行してサービスをリリースし、5年半が経ったDeNAの『マンガボックス」。
メディア化された人気のオリジナル作品に加え、大手出版社の作品も読むことができるため、マンガタイトルが豊富なことが特徴だ。
サービスが乱立する中、マンガボックスが目指すのは「デジタルをベースとした出版社のあり方」だという。
マンガボックス編集長の安江氏とプロダクトオーナーである藤井氏が、戦国時代真っ只中のマンガアプリ業界の現状やマンガボックスの戦略、マンガビジネスの「これから」について熱く語った。
量より質。濃いファンを獲得するためにオリジナル作品に注力
――『マンガボックス』の特徴・強みを教えてください。
藤井 「マンガボックス」はDeNAが提供するマンガアプリで、オリジナル作品の最新話を中心とした、多様な漫画を無料で読むことができます。
オリジナル作品では、2017年にアニメ化・実写映画化した『恋と嘘(©️ ムサヲ/講談社)』や、2018年に実写ドラマ化した『ホリデイラブ〜夫婦間恋愛〜』をはじめとした人気作品も輩出しています。
今でもオリジナル作品はアプリの中では特別な立ち位置を占めていますが、近年では他出版社の作品露出も強化しており、無料で読めるマンガのタイトルが多いことが強みです。
――2017年のインタビューでは「これからはコンテンツ販売やマルチメディア展開に注力したい」とおっしゃっていましたが、現在の事業フェーズについて教えてください。
安江 引き続き、ユーザーの方に面白いと思ってもらえるようなオリジナル作品を作ることに注力しています。
現在は、累計ダウンロード数1000万以上、月間アクティブユーザーは100万人以上。
マネタイズで見ても、直近のQは前年同期比で約1.5倍と大幅に成長しています。
オリジナル作品に注力する理由として、「濃いファンを獲得したい」という想いが一番にあります。
マンガアプリはユーザーさんの獲得単価が安く、広告を出稿すればユーザー数を増やすこと自体はできます。しかし、私たちはサービスを使い続けてくれる熱心なユーザーさんを大事にしたいと考えているので、広告出稿はあえて抑えていて、競合他社の十分の一ほど。
いかにマンガボックスでしか読めない、面白い作品を届けられるかが他サービスとの差別化に繋がり、かつ、ユーザーさんの満足度を追求する上で一番大事なことなのかなと思います。
作品の根底にあるのは「葛藤・受容・希望」というテーマ
――ユーザーさんの量ではなく質を意識されているのですね。オリジナル作品を企画する上で心がけていることはありますか?
安江 私が編集長としてオリジナル作品のテーマを考えているのですが、「時代にフィットした作品」を届けること。これに尽きますね。各編集部さんごとに色々なカラーがあるかとは思いますが、マンガボックスのテーマは「葛藤・受容・希望」です。
今の時代は、人間の生き方や価値観が多様化していて、こうしたら幸せになるというお決まりのマンガは共感されにくくなっている側面があります。
そのため今後はさらに、「登場人物が葛藤して悩み抜いた先に、コンプレックスや葛藤を受け容れて、なんらかの希望が見える」というテーマを扱う作品が多くなっていく予定です。
例えばマッグガーデンさんと協業したタイトルである「葬」(はぶり)や、マンガボックス編集部で制作している「スイートモラトリアム」などはまさにこのテーマに向き合おうとしている作品だと思います
世界で戦うためには「原作を作る」力が必要になる
――これから今まで以上にサービスを進化させていく必要があると思います。マンガ業界の最先端を走”るお二人にとって、今の時代におけるマンガの社会的価値はどのようなところにあると思いますか?
藤井 本質的に、マンガの価値は紙でもデジタルでも変わらないと思っています。
日常にスッと入ってくる気軽さがありながらも、ハマったら徹夜して読んでしまうような深い感動もある。その両方の特徴を持っていることがマンガの最大の魅力だと考えています。
仕事が終わった後、疲れていてもスッと読めてしまう。しかも気がついたら夜中まで没頭してる。そんな体験の中で、「明日も頑張ろう」と気持ちを切り替えたり、自分のコンプレックスに向き合えたり、とても多くの価値をユーザーさんに提供できていると感じています。
デジタル化されることは、マンガが持つ普遍的な価値を、より多くの人に届けられること、そして増幅させることになると考えています。そして、レコメンドなどの機能は全て、この体験の向上のために設計されています。
――安江さんはいかがでしょうか。
安江 世界経済の成熟が進む今、生活水準が上がっている国々は多い。そのためエンタメの必要性が高まっています。
なぜなら、先進国ではテクノロジーが進んで労働時間は短縮され、人間はより多くの余暇時間を得られるようになっていく可能性が高いからです。その余暇をどう過ごすか、ひいては、なぜ自分は生きるのか?というような根本的な問いを考えるのに、エンタメは重要な役割を果たします。
経済成長が著しい国では、エンタメ市場も右肩上がりになっていることが多いです。そんな状況でよく聞くようになったのが「原作がほしい」という声。アメリカ、中国だけでなく、韓国や日本でもよく聞きます。原作を作れるクリエイターが世界的に今すごく必要とされている。
これは持論ですが、いい作品を生み出せるかは、12~18歳といった思春期にどれだけ良質なエンタメに出会ってきたかで決まると思います。幼少期からすばらしい作品に囲まれている日本のクリエイターは、すばらしいエンタメを生み出せる原石なんです。
だからこそ日本で生み出された原作は、中国、アメリカ、韓国でもきっと楽しんでもらえるはず。グローバルに日本のクリエイターの創造力を広げていきたいと考え、その地盤づくりも進めています。
――これからマンガビジネスは、どう変化していくとお考えですか?
藤井 マンガボックスではエンタメに関する2つの流れを意識しています。最近は動画コンテンツなど手軽なコンテンツの人気がより高まっており、チームではこれを「エンタメのスナック化」と言っています。この流れはマンガにも訪れる気がしているので、マンガというフォーマットの良さを活かしつつ、なにか変えられる要素があるかもしれないという視点は持っておくようにしています。
もうひとつは、「エンタメの民主化」の流れです。たとえばTikTokは、動画を観るよりも撮るのが楽しいから、今のような人気が出たのではないかと考えています。つまり、質の高いコンテンツを消費するというよりは、自分のコンテンツを発信することへと世の中の欲求がシフトしているとすれば、マンガも新しい在り方を求められている時期かもしれません。
そうなると、普段は別の仕事をしている人が、気軽にマンガを描くようになるということももっと広がるでしょうし、そうなると「連載」というマンガの王道にも変化が来るかもなと思っています。
マンガボックスがこれから取り組むこと
――語っていただいたようなマンガビジネスの未来をふまえて、直近マンガボックスとしてはどのようなことに力を入れていきますか?
安江 やるべきことはたくさんありますが、まず注力するのは「作家さんの採用・育成」です。
面白い作品を作るには、優秀な作家さんの採用と育成が不可欠。最近は、新人発掘の目的で「マンガボックス編集部杯」というグランプリを開催しています。優勝者は、実際に連載を持つことができるという仕組みです。
藤井 育成面では、DeNAというIT企業ならではの強みを活かしたやり方でユーザーの方の満足度を上げつつ、作家さんの満足度の向上を目指しています。
具体的には、ユーザーさんの声をリアルタイムに作家さんに届けられるシステムを考えています。たとえば、ユーザーさんが読むのを途中で辞めたポイントを集計し作品作りの参考にしてもらったり、あるいはファンレターをもっと効率的に気軽に贈れる/貰える関係を構築したりする仕組みを、A/Bテストを繰り返しつつ検証しています。
「デジタルをベースとした出版社」として作家さんとユーザーさん双方の満足度を上げるべく、それに適したやり方と組織体制を日々模索しています。
――安江さん、藤井さん、ありがとうございました!
【執筆】池野花【撮影】櫻井文也【編集】Engagemate編集部
※本記事に掲載されている取材内容、プロフィール等の情報は、2019年7月25日時点のものです。
※本記事は2019年7月25日に公開されたGrowth Hack Journalの記事を転載したものです。