CPAのバランス
私がVCとして過去5年間にわたり取り組んだ分野は、ビジネスのユニットエコノミクスを実際に理解する方法です。CPA(顧客獲得費用)よりLTV(顧客生涯価値)が大きいという基本コンセプトはとてもシンプルです。ビジネスがスケールする際にこのエコノミクスに対して何が起きるかを知ろうとすると話が複雑になります。生涯価値については、Bill Gurleyがこちらで書かれているように様々な記事が書かれているので、ここでは説明しません。
ここでの私の話の中心はCPAに関するものです。VCをしていると、CPAの数値の見出しがあるだけで他に何も与えられないことはよくあるでしょう。表面上はこれで良いように見えますが、表面化しない問題を覆い隠してしまう可能性もあります。
例えば、初期段階にあるEコマースビジネスで、LTVが30ユーロで全体としてのCPAが20ユーロだったとしましょう。このビジネスは堅調に見えます。しかし掘り下げてみると、利用者の50%を無料のチャネル (PR、SEO) を通して獲得しているため、残りの SEM(SEM:Search Engine Marketingの略。SEOが自然検索結果によるサイトの上位表示施策であるのに対し、SEMはリスティング広告など有料の施策を含めた検索エンジンマーケティング全般を指す。)を通して獲得される50%のCPAは40ユーロです。
無料のチャネルの規模を急激に拡大することは難しい場合が多いため、企業が投資後に急成長を目指すのであれば、その手段がSEMであることは明らかです。しかし、この場合、SEMを通した顧客獲得は経済的ではありません (LTVが30ユーロではCPAの40ユーロより少ないからです)。こうして、VCはこのビジネスが合理的な手法で急成長できるかを懸念するようになります。 以下は、これらの複合的な効果を勘案し、CPAについてより深く検討するためのフレームワークです。
上記のツリーは、CPA全体を新規の顧客と既存の顧客のどちらを獲得するための支出に割くか、そして主要な獲得チャネルを無料にするか有料にするかを場合分けしています。
留意すべき点
- 訪問者から顧客へのコンバージョンレートはチャネルによって劇的に変動することが多いため、CPV (訪問者当たりのコスト) ではなくCPAを考慮することが重要です。(CPA = CPV ÷ コンバージョンレート)。例えば、一般的にコンバージョンレートはPRによって直接訪問してきたユーザーより、SEMの方がかなり高くなります。
- オフライン広告(テレビ、屋外) の効果の測定は困難ですが、不可能ではありません。オフライン広告上の固有のURL (またはバウチャーコード) を利用する方法か、オフライン広告を打っているときに広告を打つ直前とサイト訪問の増加を比較測定する方法の、2つのアプローチが考えられます。どちらも完全ではありませんが、当て推量よりは有効です。
- 自社ブランドに関する単語へのSEM支出をSEMのほうのCPAに含めてはいけません。自社ブランドに関する単語のクリックはCPAがずっと低いので、自社ブランドに関する単語経由での訪問者は直接の訪問者と同じとみなしたほうが計算にブレが無くなります。
本当に無料のチャネルとは、URLが直接入力されることです。他の「無料の」チャネル (SEO、CRM) は負担する様々な費用が発生します (ただし、SEOまたはCRMの導入のための初期投資は1度のみの経費であるため、これを含めるべきではありません)。
- 新規顧客と再訪者の獲得の区別するためにはWeb分析のシステムに時間と資金を投入することが必要になります。開始して間もない場合は再訪者は多くないでしょうから、これを優先する必要はありません。
- 上記の図は単純化しているため、可能性のあるチャネルのすべてが含まれているわけではありません (例、ターゲティング広告、ソーシャルメディア) 。しかしそれらも同様に取り扱うことができます。
注意 / 制限
- このフレームワークは「最終クリック」のアトリビューションを前提にしています。(アトリビューションに関する詳細な情報はこちら)。
これはすぐに購入されるプロダクトには合理的な想定かと思いますが、より長い販売サイクルのプロダクトにはより完全なアトリビューションの方法論を構築しなければいけないと思います。より高度化するにしたがって、ブランド広告の「ハロー効果(ハロー効果:ハロー効果とは、ある対象を評価するときに、目立ちやすい特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる現象のこと。)」を創出を目指すことが可能です。
- 上記の点に基づき、このフレームワークにはリターゲティング広告は含まれません。おそらくリターゲティング広告に関して考察するには個別のチャネルとして分けるのが最も簡単な方法ですが、それは (適切なアトリビューションがより重要になる) 他の有料のマーケティングに依存します。
- 初めに顧客をメーリングリストまたは無料プロダクトのユーザーに追加すると分析が難しくなる可能性がありますが、そうすることによって初めて彼らをお金を支払う顧客に転換しようと試みることができます。理想的にはユーザーが支払をする瞬間から分析を開始して、そこからすべてのマーケティング費用を追跡するのです。しかしこれではとても複雑です。通常とられる妥協案は、単純にマーケティングチャネルごとに「サインアップ当たりの費用」を比較することです。
- 追加的に値引 (グルーポンや最初の1箱無料) を利用する場合、これらを獲得費用の一部として考慮し、正しいチャネルに割り当てることが必要です。
- これはウェブ中心のフレームワークですが、モバイルに対しても同様の法則となります。
上記にしたがってCPAを把握した詳後に、改善策の検討が必要になります。具体的には以下の通りです。
- 1次年度に各チャネルにおいてCPAを現実的にどこまで削減できるか? (SEMのブラッシュアップやコンバージョンレートを増加させることによって)
- 次年度にLTVを現実的にどこまで増加させることができるか? (リピーターの増加や収益性の改善によって)
- それぞれの獲得チャネルはこのCPA及びLTVにおいて理にかなったものか?そうでない場合、意味のないものを省く。
そしてグロースについて考える時です
- 無料チャネルを通じて獲得数を増加させることができるでしょうか? (ヒント: 顧客基盤がすでにある場合、CRMからスタートしましょう。)
- 無料チャネルの現実的なターゲットは何でしょう?
- 支出を増加させる時、有料チャネルのなかでCPAにはどのようなことが起きるでしょうか?上限に達してしまうでしょうか?通常CPAは開始時に高いですが、洗練していくにつれて低くなります。
関連性の低い検索語、もしくはより広くターゲティングをして数を求めようとすると徐々に増え始めます。関連性が高くロングテールのSEMにかかるCPAがそのカテゴリーで最もよく使用される人気キーワードにも当てはまると思ってしまうのはよくある間違いです。
- 他に注目するべきマーケティングチャネルがあるでしょうか?直接的な反応があるTVや屋外広告は、一部の (特にモバイル上の) オンラインビジネス向けではうまくいくように思われますが、それ以外ではうまくいきません。往々にして、最高の価値は新たなユーザー層に対して他社より早く最適化することによって得られます。 (例、InstagramやSnapchatを利用したマーケティング)
- 有料獲得チャネルの階層化を開始しましょう。最も安価なチャネルから始め、予算の上限に達するかCPAが過度に高くなるまで継続しましょう。
この記事のフレームワークは少しセオリーに則りすぎているかもしれません。セオリーが使えるのは10%であって、残りの90%が実行と作業に必要となる正確できめ細かいデータを確実に用意することであることは通常と変わりません。「リアルなビジネス」のフィードバックを大切にして下さい。そうは言っても、私が知っている最高のマーケティングオペレーションを実行しているサービスたち (Lovefilm、The Hut、Wooga、Housetrip) は上記のセオリーを実に深く理解しています。
この記事は、Medium上の記事 ” Understanding Customer Acquisition Costs”を著者の了解を得て日本語に抄訳し掲載するものです。 Repro published the Japanese translation of this original article on Medium in English under the permission from the author.