企業を評価する指標のひとつに「CAC」があります。このCACを算出することで、適切なマーケティング戦略を策定できる場合は多いものです。しかし、CACやLTVを活用してユニットエコノミクスを知ることが、事業展望において重要であることは意外と知られていません。この記事では、CACやLTV、ユニットエコノミクスの概要をはじめ、その重要性についてご紹介します。
CACとは
CACとは、新しい顧客を獲得するために必要なマーケティングコストや営業コストのことです。「Customer Acquisition Cost(カスタマー・アクイジション・コスト)」の略語で、日本語では「顧客獲得費用」という言葉になります。
CACがLTV(顧客生涯価値)を上回ると、事業の存続は芳しくないとされています。これは、CACがLTVを上回ると顧客がサービスを受けるために支払った金額よりも、顧客を獲得するために使った費用が上回ることになるためです。このような状態は、顧客獲得は達成しても損失が発生してしまうことになり、営業活動として合理的な状況とはいえません。
CACを把握するメリット
ではまず、CACを把握することで得られるふたつのメリットを見てみましょう。
メリットの1点目は「費用対効果の高い新規ユーザー獲得チャネルが分かる」という点です。チャネルごとにかかっているコストと獲得できた新規ユーザー数を把握することで、費用対効果の高い新規ユーザー獲得チャネルを知ることができます。
メリットの2点目は「LTVの目標値を決めることができる」という点です。例えばアプリで収益をあげるためにはユーザーのLTV(顧客生涯価値)が獲得コストを上回っている必要があります。CACを把握することで、1ユーザーあたりどれだけ収益をあげればいいかを考えることができるのです。
CACの種類
では続いて、CACの種類を見ていきましょう。CACは以下の3つに分けられます。
ひとつ目は「Organic CAC」です。これは自然に増加する顧客獲得コストを意味します。例えば、既存顧客からの紹介や口コミ、検索からの流入などがOrganic CACに分類されます。
ふたつ目は「Paid CAC」です。これは広告をはじめ、コストをかけて獲得した顧客コストを意味します。通常、マーケティングにおいては、Paid CACに指標が置かれます。Organic CACと合わせてしまうと活動コストあたりの効率性が見えづらくなくなってしまうためです。また、Paid CACでは活動をチャネルごとにきちんと追跡しておき、どのチャネルが効率的なのかといった把握に努める必要があります。
3つ目は「Blended CAC」です。これは、Organic CACとPaid CACを両方合わせた顧客コストを意味します。このCACを最小化するのが、事業の健全化に向けた重要なポイントになります。
CACは以上のように分類してそれぞれ体系的に理解しておくことで、より効果的に活用することができます。例えば、顧客数が増加傾向にあるものの収益にはあらわれていないケースがあったとします。このような場合に、引き続き顧客数の増加を追求すべきか、黒字化を優先すべきか、判断に困ってしまうこともあるでしょう。
そこで、効果的な戦略を立てるためにCACを分類して考えます。上記のような顧客は増えているが収益化できていない状況においては、Paid CACを低下させつつOrganic CACを増やす戦略を採用し、トータルのBlended CACを減額させるのがおすすめです。トータルのCACを下げることで、顧客の増加を妨げずに収益を伸ばすことができるのです。
CACの算出方法
CACは、以下の計算式で算出できます。
CAC = 顧客を獲得するために費やしたコスト ÷ 新規顧客獲得数
顧客を獲得するのに費やしたコストには、広告費や人件費など、顧客獲得に費やしたすべての費用を含めます。そのため、コストを細分化してあらわすと次のような計算式に置き換えられます。
CAC =(広告費用 + 営業給与 + 代理店販売手数料 + 賞与 + 間接費用)÷ 新規顧客獲得数
例えば、ある一定期間に費やしたコストが120万円だったとして、新規獲得顧客数が50人であれば、CACは2.4万円です。
ただし、この計算式では新規顧客獲得数の中に、プロモーション以外の自然流入が含まれています。一定期間のキャンペーンの成果を正しく知るためには、全体の新規顧客獲得数から自然流入した顧客を除外する必要があります。この時に算出されるCACが、コストを払って獲得した顧客コストをあらわすPaid CACです。Paid CACを求めるには次のような計算式を用います。
Paid CAC =(広告費用 + 営業給与 + 代理店販売手数料 + 賞与 + 間接費用)÷(新規顧客獲得数 ー オーガニックでの新規顧客獲得数)
Paid CACを算出することで、一定期間に新しく投下した予算の顧客獲得効率を正しく求められます。企業によってはOrganic CACの顧客獲得も想定して施策を進める可能性がありますが、セールスやマーケティングの正しい獲得効率を求める場合には、各活動の獲得効率が可視化されるPaid CACを指標にすると良いでしょう。
CPAとの違い
CACとよく似た言葉にCPAというものがあります。CPAとは「Cost Per Acquisition」もしくは「Cost Per Action」の略で、CACと同じ顧客獲得単価を意味します。このCACとCPAは意味は同じ用語ですが、それぞれ使う場面が異なります。
CACの顧客獲得コストには、人件費や運用コストなどのさまざまコストを加味します。プロジェクト単位で使われることが多く、また、どこまでをコストとして扱うかはサービスによって異なりますが、一般的には自社サービス全体の顧客獲得単価を示す場合に用いられることの多い言葉です。
CPAは広告出稿費用に対する成果など施策レベルのコストを指します。そのため、インターネット広告の分野で使用されることが多く、ひとりの顧客獲得にかかった広告費を示すときに用いられることの多い言葉です。
運用中の広告のCPAを比較することで、各広告の費用対効果を判断できる点がCPAのメリットです。しかし、CPAだけで広告の可否を判断してしまうと、CPAが低くても利益も少ないケースがあり、運用の失敗につながるリスクもあるので注意が必要です。
一方CACは、LTVとのバランスを見るときに使用されます。顧客ひとりから得られる長期的な利益に対し、獲得するコストが見合っているのかを判断するための指標なので、最初から長期視点であるのが特徴的です。
このように、CPAだけで判断するのではなく、CACも考慮しつつあくまでもひとつの指標として活用し、多角的にコストを見直すことが収益の増加につながります。
CACを測定する意義
ではここで改めて、なぜCACを測定すべきなのか、その理由をふたつ解説します。
1つ目は、投資に値するマーケティングチャネルを選定するためです。
ビジネスにおいてユーザーを獲得できるチャネルは数多く存在します。活用するチャネルを選ばずに闇雲に広告を打つだけでは、必要のない広告費用を使ってしまうことにつながります。そのため、マーケティングでは見込みのあるチャネルを試したり、チャネル別に費用対効果の高いものに集中したりといった選択をする必要があります。
また、マーケティング施策の費用対効果は日々変化していくものです。企業は変化する市場やターゲットのニーズに応じて、適切なマーケティングチャネルを常に選択していかなければなりません。そこで、CACを活用することで、もっとも効率よく成果を得るための投資に適したチャネルの把握ができるのです。また、CACを定期的に測定することで、チャネルを切り替えるタイミングを見極めることも可能です。
2つ目は、ユニットエコノミクスを測るためです。
ユニットエコノミクスとは、顧客一人ひとりの採算性を示す指標です。投資を回収するまでの道のりが長いモデルの場合、ユニットエコノミクスによる収益性の試算は必要不可欠です。CACやLTV、ユニットエコノミクスなどを活用せずに、KPI(重要業績評価指標)による事業を展開してしまうと、プロダクトの成否の判断に間違いが起こる可能性が生まれます。KPIの数値上、投資対効果が良くないと判断して事業から退いてしまう場合でも、CACを把握してユニットエコノミクスを算出することで業績の本質を捉えることができるのです。
ユニットエコノミクスとは
ユニットエコノミクスとは、事業において顧客ひとりあたりの採算性、もしくは経済性をあらわす指標です。ユニットエコノミクスは「ユニットエコノミクス=LTV÷CAC」の計算式で求められます。
ユニットエコノミクスは事業によってユニットの単位は異なりますが、SaaSやサブスクリションサービスで用いられるケースが多く、一般的には1アカウント、1企業を指すことが多いです。
また、ユニットエコノミクスは事業において成果の判断をする時の指標としても用いられます。企業が新規事業を展開する際、追加投資の判断には事業の成功率や将来性を見積もることが必要です。こうした時、判断基準として投資家の間で用いられるのがユニットエコノミクスです。
ユニットエコノミクスを活用してひとりあたりの採算性を求めるのには理由があります。例えば、サブスクリションサービスは、各顧客と信頼関係を築いて継続的に売り上げを上げていく事業モデルです。そのため、従来の営業における販売数よりも、顧客数が重要視されます。したがって、一人ひとりの採算性の指標であるユニットエコノミクスの状態がビジネスの成否を左右します。
従来の売り切り型モデルにおいては、売れた時点で製造原価と販売コストを回収する特性を持ちます。一方で、サブスクリションサービスにおいては顧客を獲得した時点では赤字の状態であり、その後に時間を掛けてコストを回収し、利益を出すのが特徴です。
従来の会計基準では、長期的に投資を回収するサブスクリプションモデルの健全性は図れず、客数が増えて事業としては順調でも大幅な赤字事業と判断されてしまいます。
そこで、ひとりの顧客が契約開始から終了までに企業に支払う金額をCACとLTVの関係で見ることで、一時的な赤字に左右されずに成長の可能性を判断できます。反対に、利益や売り上げが上がっていたとしても、ユニットエコノミクスの数値が悪いものであれば、いずれ採算が取れなくなり、事業が成り立たなくなることのシグナルと捉えられます。
「CACはLTVの3分の1が目安」といわれる理由とは?
一般的にLTVがCACの3倍以上だとビジネスが成長、存続できる基準といわれています。
例として名刺管理サービスを提供しているSansanの2020年5月期の第2四半期までの決算情報を元に公式に当てはめていきましょう。
- 売上高 :6,294百万円
- 売上総利益:5,382百万円
- 月次売上高/1顧客:159,000円
- 月次総利益/1顧客:135,000円
- 顧客獲得コスト:2,582,608円
- 月次解約率:0.54%
- 2020年第2四半期末契約件数:6,263件
- 2019年期末契約件数:5,823件
LTV = 135,000 ÷ 0.54 = 25,000
CAC = 2,582,608 ÷(6,263 - 5,823) = 5,870(小数点以下四捨五入)
このように、長くサービスを継続し、順調に成長している企業はLTVに対してCACが3分の1以下となっているのです。では、なぜ「3分の1以下」が目安なのでしょうか?
これは、一般的に投資費用の回収期間が12カ月以内、解約率は3%未満が望ましいとされ、この基準を満たすと「LTV/CAC > 3x」という基準が成立するためです。
事業モデルによっては、必ずしもこの目安が適用できないケースもありますが、まずはこの基準をクリアすることを目標にサービスを展開していくと良いでしょう。
ユニットエコノミクス適正化の対策
ユニットエコノミクスの値が悪く、ビジネスの状況が悪化していると判断できた場合はどう対処したらいいのでしょうか。
LTVを上げてユニットエコノミクスを改善する方策としては、CRM(顧客関係管理)施策を打ち出す方法が考えられます。顧客に最適なアプローチを続けることで、契約更新を継続してもらえる仕組み作りをするのです。そのためには、顧客にとってどのようなコミュニケーション戦略が有効なのかを探り、どういった形でマーケティングをするのが効果的かを判断します。
また、ユニットエコノミクスの数値を良くするためにCACを下げようとする場合には、無駄なコストを削減することが重要です。そのため、広告の最適化を考えるのは有効なアプローチでしょう。Webマーケティングは広告費を抑えやすいですが、有料広告などは継続的な支払いが発生します。したがって、どの広告が最も効果的か見直し、費用対効果の高いものだけに限定しましょう。また有料広告を辞めて、自然流入する顧客の獲得を目指すのも方法のひとつです。
このように、ユニットエコノミクスを適正化する対策として考えられるものはひとつではありません。事業健全化のためには、さまざまな切り口で対策を立てることが重要です。