2020年8月5日(水)、オンラインセミナーで開催された「Customer Engagement Conference next(CEC next)」。
大きく世界が変わり、ユーザー環境のデジタル化が急速に進む中、本質的なブランドへの「信頼」「結びつき」こそが、企業の売上を大きく左右するようになりつつあります。そこでカギとなるのが、顧客接点に対する本質的な「DX」です。
2020年1月のCEC Tokyoの続編である本イベントでは、第一線で活躍するトップマーケターや経営者をお招きし、OMO時代のカスタマーエンゲージメントについて大いに語っていただきました。
イベントのKeynote(基調講演)を飾るのは、7月末に『アフターデジタル2 UXと自由』を出版された株式会社ビービットの藤井 保文 氏。「アフターデジタルの世界における顧客エンゲージメントの在り方とは?」と題した基調講演の内容を、イベントレポートとしてご紹介します。
コロナ禍で強制的に加速した日本の『アフターデジタル』化
はじめに藤井氏から、「アフターデジタル」の世界観と社会の変化について語られました。
藤井:「オンライン(DIGITAL)がオフライン(REAL)を覆い尽くした『アフターデジタル』の世界観では、生活の全てがデジタルデータ化され個人に紐付き、あらゆる行動データが超膨大かつ超高頻度に生まれます。このデータを活用できる企業が生き残り、活用できない企業が負けていく時代になっていくでしょうし、すでに皆さんにも実感があるはずです。
中国や他国の事例を見ていると、どうしても日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)は立脚点、足場がズレているのではないかという懸念を抱いており、それを書籍で提唱させていただきました。
『アフターデジタル』の世界観では、デジタル上で顧客とお店はいつでも会えて当たり前であり、たまにリアルのお店に来てくれる状況になっていきます。1, 2年前までは『日本ではそんな状況はまだ起きない』『起きたとしても、まだしばらく先の話』という意見が多く見られたそうです。
新型コロナウイルスの影響によって、半ば強制的に『アフターデジタル』化が一気に加速しています。例えば、フードデリバリーは一般的になりましたし、タクシー配車サービスを使う人も増えています。ビフォーデジタルの考え方でDXを進め、顧客とのエンゲージメントを作っていくことは、今の時代や社会認識、人々の生き方には合っていません。
補足ですが、この世界観はリアルが重要ではなくなる、ということではありません。デジタルが得意なことと、リアルが得意なことは全く違います。リアルは顧客との信頼を築いたり、感動体験を提供したり、細い機微を捉えて顧客に合わせることが得意であり、アフターデジタルの世界では、むしろその重要度は高くなるはずです」。
「属性データ」から「行動データ」へ。「製品販売型」から「体験提供型」へ
「アフターデジタル」はこれからの世界観、社会の変化全般の話であり、ビジネスの変化とは別のものになります。では、ビジネスではどのような変化が起き、何が重要となるのでしょうか。その答えとして、「行動データの時代になる」と藤井氏は強調します。
藤井:「これまでは『属性データ』しか得られなかった時代でした。性別や年齢、所得水準といった属性に対して求められているものを推測し、それぞれにターゲティングされた商品が振り分けられています。
しかし、その人の置かれた状況だったり、モードだったり、タイミングや気分の変化に合わせて、求められるものは変化しています。例えば、家族と過ごしている時にビジネス書を勧められても『後にしてくれ』と感じるだけです。このように考えると、『人』とはそうした変化する状況やモードの集合体とも捉えられます。つまり、『属性データ』とは顧客を理解するには、けっこう荒っぽいデータなのです。
そこで重要になるのが『行動データ』です。最適なタイミングに、最適なコンテンツ(商品、記事、電話、イベントなど)が、最適なコミュニケーション方法で提供されるためには、『行動データ』が得られている必要があります。
一番のポイントは、『属性データ』から『行動データ』の時代に変わったことで、企業競争の焦点が『製品販売型』から『体験提供型』へ変わってくることでしょう」。
OMOの本質とは、ユーザーのニーズに企業が合わせること
リテール業界を中心に、一般的に知られつつある「OMO」。最初に中国で提唱された概念であり、日本のビジネスシーンでも使われつつあるものの、その使われ方に藤井氏は若干納得できていない部分があると言います。
藤井:「Online Merges with Offline、つまりオンラインとオフラインを融合させる、統合するという意味合いではあります。しかし、本質はユーザーのニーズに、企業が合わせるだけの話だと思っています。なぜなら、ユーザーにとっては『オンラインかオフラインか』『デジタルかリアルか』なんてどうでもいい話だから。その時々で、最も便利なサービスを選んでいるだけであり、オフラインの選択がもはや存在しないこともあるのが、今の社会の状況であり、ユーザー側の認識です。
しかし企業にとっては、オン・オフライン関係なく、ユーザーに負荷をかけない便利なサービスを提供するというのは、ものすごく難しいことなのです。デジタルとリアルで部署が別々であったり、もっと悪い場合は全く別のカスタマージャーニーを描き、全く別のKPIを持っていることも。つまり、社会とユーザーの状況変化と企業構造が乖離してしまっています。こうした乖離を直していくこと自体がOMOという活動だと思っています」。
日本のOMOはそもそも認識にズレがある一方で、中国の状況では産業構造そのものが変わりつつあり、藤井氏はこれを「アフターデジタル型産業構造」と呼んでいます。
「中国のアフターデジタル社会への変化では、そもそも『行動データからユーザーの置かれた状況をどのくらい精緻に理解できているか』が競争原理になっています。この変化は、WeChat(微信)やAlipay(支付宝)といった、決済プラットフォーマーから起きているのです。彼らが持っている決済情報から、個人が何を買っているか、その『行動データ』が得られます。
その下にサービサー(移動、飲食、旅行、動画など)がホリゾンタルに参入でき、各業界ごとに圧倒的なUXを提供し、圧倒的なユーザー数を抱えています。
では製品販売型のメーカーはどうなっているのでしょうか。上からの情報がないと物が正しく売れなくなってしまうため、サービサーのためのパーツを作るプレイヤーになっていくという現象が中国では起きています。例えば、タクシー配車サービス向けの車やドライブレコーダーが優先して製造されるといったイメージです」。
データは新しい石油なのか?
藤井氏が過去に携わったプロジェクトのひとつである、生体データを活用したプラットフォーム計画。時計やメガネといったウェアラブルデバイスから、睡眠時間や運動頻度などの個人のバイタルデータを取得し、それをヘルスケアサービスに売るというものでした。
藤井:「その計画をアリババのポール氏に提案したところ、『それは全部幻想です』と言われてしまいました。ポール氏はインターナショナルUXデザインの元トップで、今は「DAMO」と呼ばれるアリババにおける『googleX』のような、研究機関の一室でトップをやっている方。
『データとはそのままで売り買いできるものではありません。ソリューション化しないと全く使い物にならなず、ビジネスにもなりません。ちゃんとやるのであれば1社が目的を持ってデータをまとめあげてソリューション化してあげれば、周りの人たちもそのデータとソリューションサービスを使うことができると思います』と、ポール氏からアドバイスを受けました。安直に『Data is new oil』と捉えることはできず、データをそのままお金に変えることはできません。
重要なのは、得られたデータをいかにUXに活かすか、顧客体験に還元していくか。また、顧客情報を複数社で同時に共有するというのは、ユーザーからすると不安になりますよね。顧客から『この会社は信頼できるからデータを提供しても良い』と信任が得られれば、そのデータをもとにさらに使いやすいサービスとなり、ますますユーザーからの信任が得られるのです」。
「エクスペリエンス」がDXでは重要に。「UXインテリジェンス」という考え方
藤井:「DXではデータに目が行きがちですが、1番重要なのは『エクスペリエンス』です。エクスペリエンスが良いからこそ、みんなが使い、ユーザーの行動データが溜まり、そしてその行動データをエクスペリエンス向上に還元することで競争力が強化されます。皆さんもアプリをダウンロードして1回使ってみて、あんまり良くなかったから使わなくなったという経験はあると思います」。
「エクスペリエンス」の重要性は新著の中でも特に力を入れて記述されており、このデータをUXに還元する企画力・考え方が「UXインテリジェンス」です。「エクスペリエンス」を向上させることで大量のユーザーが、高い頻度で使ってくれるようになることで、より多くのデータが得られます。そのデータUXに還元するというループを回すことでビジネス成果につなげていくことが、今後は当たり前になっていくようです。
組織とケイパビリティはどのように変化すべきなのか
本イベントのテーマでもある「顧客エンゲージメント」。顧客との良好な関係性を築くために必要な要素として藤井氏が掲げたのが、「2つのUX企画力ービジネス構築とUXチーム」です。
藤井:「新著でも紹介している以下の図を『ジャーニーボード』と呼んでいます。これはアフターデジタル型のビジネスモデルを分かりやすくしたものです。
あらゆるジャーニーを統合する『世界観』がまずあり、その下に世界観を体現する顧客体験UXがあります。UXにはアプリやWebサイト、リアル店舗、コールセンターなどの顧客接点があり、そこから個人のIDごとに時系列で行動データが溜まっていきます。このデータをAIやデータサイエンスで解析することでユーザーの置かれた状況を把握し、その結果をUX企画に還元することで、ユーザーに最適な、パーソナライズされた体験が提供できるようになります。このサイクルで必要になるコンポーネントが、新しいビジネスを構築することと、UXが分かる人で固められた『UXチーム』の2つです。
では、アフターデジタル型のサービス体験をお客さんに提供する場合、組織とケイパビリティはどのように変化させるべきなのでしょうか。
これまでの『製品販売型』のビジネスの場合、組織メンバー全員が提供する製品の全体像を共有する必要はありませんでした。製品の設計図をもとに、それぞれが自分の担当部分を作れば良かったのです。そのため、組織は命令型であることが多いのですが、各接点でアジャイルに開発することができないため、アフターデジタル時代の変化には追いつけなくなります。『体験提供型』のビジネスにシフトするには対話型で、組織メンバーが体験価値を理解しながら自ら動けるような組織に変わっていくべきでしょう」。
僕らは今、UXやテクノロジーで社会環境を作っていくことができる時代にいる
基調講演の中で最も熱が込められていたキーワードは「UX」でした。「UX」は今までデジタル文脈の中でしか語られず、「UX」の担当者はデジタルマーケティングの一環として任されることが多かったという背景があります。
藤井:「OMO時代にデジタルとリアルが融合することで、デジタルから生まれた『UX』がリアルにも適用できるようになると、世の中の環境や社会のコンポーネントをUXとテクノロジーで作っていくこともできるようになります。中国の例だと、今までの「正直者は馬鹿を見る」といった国民性も変化し、相手のことを考えるようになるといったことも、実際に起きています。
僕らは今、UXやテクノロジーという力で社会環境を作っていくことができる時代にいます。その一方で、いいサービスやいい事例を作っていくことに向き合わないと、社会が悪い方に流れていくという責任も負っているということを忘れてはなりません。責任と勇気を持って、一緒にアフターデジタル時代の『エクスペリエンス』、そして『エンゲージメント』を作っていければ良いなと思います」。