生成AIが流行るのは“耐雑性”があるから。深津貴之氏に訊いた普及するテクノロジーに共通する3つの法則

山﨑 信潔
山﨑 信潔
2023.04.27
生成AIが流行るのは“耐雑性”があるから。深津貴之氏に訊いた普及するテクノロジーに共通する3つの法則

目次

株式会社THE GUILD代表の深津貴之氏。これまでのキャリアを振り返ると、「一過性の流行に終わらないトレンドにコミットし、それぞれの領域で第一線のプレイヤーとしてビジネスを成立させている」という事実があります。そして2022年に突如として訪れたAI民主化の波。
深津氏はこの大きな変革期に何を考えているのか。本記事では“深津式”思考法の原点と、その思考のベースとなる3つの法則についてお話をうかがっています。

※本記事は2023年4月12日にRepro株式会社が開催したセミナー「AI時代を乗り越えろ!深津貴之氏に聞く トレンドから本質を掴み、事業を伸ばす思考法」での公開インタビューの内容を再編集したものです。

深津氏インタビューVol.2「『プロンプトだけを追うな』深津貴之氏が警鐘。AI時代のデザイナー・マーケターに必要な“抽象化力”とは」

テクノロジーで世界がどう変わるのか。思考法の基礎は大学時代に育まれた

interview-fukatsu-20230412-1-1株式会社THE GUILD代表の深津貴之氏(右)とインタビュアーを務めたRepro株式会社の實川節朗(左)。

――今回は、UXデザイン、生成AIのプロンプトといった各論ではなく、深津さんが「どのように世の中のトレンドを掴み、ビジネスとして成立させてきたのか」という普遍的なテーマにフォーカスしてお話をうかがいたいと考えています。思考法を探る端緒として、深津さんのキャリアについて簡単に振り返らせてください。

深津さんが生まれたのが1979年。その2年後にMS-DOSが、1984年にはMacintoshが発売されています。小学1年生からパソコンに触れて、中学年ごろにはすでにBASICでのプログラミングを覚えていたとうかがいました。当時はインターネットも普及していない環境ですよね。

深津 そうですね、そのころはまだオフラインでしたね。私がインターネットを使い始めたのは大学に入学してからです。Windows 95の発売で、世間に急激にパソコンやインターネットが広まっていって。私もWindows  95には触れていたのですが、環境としてはオフラインでした。プログラミングが中心でその当時はVisual BASICですかね。

――その大学時代には武蔵工業大学(現在の東京都市大学)の都市情報デザイン研究室で、テクノロジーで世の中の在り方がどう変わるかといった研究をされていたということですが。

深津 そうです。ゼミ生として所属したのがとても面白い研究室で、「最新テクノロジーは生活をどのように変えるのか、どのように生活に落とし込まれるか」といった研究に携わっていました。子どもやシニア世代の方に最新の携帯電話を渡して、どんな使い方がされるのかを調査するワークショップをしてみたりとか。

――その後、ロンドンの大学に留学されてプロダクトデザインを学ばれています。帰国後、Flashクリエイターをされていたときに、Flashが使えなくなるという衝撃的な出来事に遭遇。そこでカメラアプリを開発されて、150万ダウンロードを記録していますね。さらにサービスデザインを上流からコンサルティングすることに重心を移し、2013年にTHE GUILDを設立されて、その後note株式会社のCXOに就任されています。

深津 わかりやすくまとめていただいて、ありがとうございます(笑)

――さてここからが本題です。深津さんの経歴を拝見すると、最新テクノロジーの普及に非常に敏感に反応しているような印象を受けます。しかも、ただトレンドに乗るのではなくビジネスの本流にいらっしゃる。深津さんの中では広い意味でのUXデザインの範疇なのかもしれませんが、かなり珍しいキャリアなのではないかと思いました。背景に何か原体験のようなものがあったのでしょうか。

深津 個人的に一番大きいと感じているのは武蔵工業大学の研究室の体験です。先ほどお話した通り、ゼミのテーマが「テクノロジーで生活がどう変わるか」というものでした。このテーマの研究には、まだ生活が変わっていない分野にテクノロジーが入ってきた瞬間を目撃する、観測する、テクノロジーそのものを試すといったことが必要不可欠です。それが前提条件にあるんですね。研究を通じてテクノロジーによる生活の変容を実体験できるわけです。

だから、iPhoneが発売されればiPhoneに触れてみますし、iPhoneで生活がどう変わるかを予測したり、調べたりする。生成型AIが来そうだと思ったらなるべく早く触れてみて、それによって生活様式がどう変わるのかを考えてみる。大学時代の研究室のコンセプトが、私の考え方の基礎になっている気がしますね。

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怠惰の法則・エスタブリッシュの民主化・耐雑性

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――そして2022年、早い段階から生成AIの情報発信をされていますね。特に、チャットAIの使い方をわかりやすく示した「深津式プロンプト」は大変な話題になりました。当時はAIよりも「Web 3」のほうが注目されていたように思います。深津さんがこんな早くから生成AIに注目できた理由はどこにあるのでしょう?

深津 「早い」としてしまうと語弊があるんですよね。長く研究されてきた業界の方には失礼な話になってしまうので、あまり強調していただきたくなくて。私自身は早くから注目していたなんて思っていません。

とはいえ自分がどのように行動したかをお話しすると、本格的にコミットし始めたのは2022年の5月くらいだったと記憶しています。生成AI自体にはもともと興味を持っていたのですが、基本的に大企業が競争をするフィールドだと思っていたので、あまりコミットしなくてもいいかなと考えていました。「注目はしていてもさわらないでおこう」というカテゴリーだったのです。

ところが2022年の春ごろ、どうも生成AIがオープンソースになって誰もがさわれるところに降りてきそうだぞ……という気配がし始めた。それで、「Pythonもイチから勉強しなおすか」と。1カ月くらいをかけてPythonを覚え直して、「StyleGAN」にも触れて、コードを書いてみて、ファインチューンもやってみて。機械学習やAIの最低限の知識を身に付けたのが2022年の6月ぐらいです。

――「おっ!」という気づきがあってからそんなスピード感で学習を進めたんですね。「さわらないもの」から「さわるもの」への急激なシフトチェンジのお話をうかがって、以前のインタビューでおっしゃられていた「深津流テクノロジーの法則」を思い出しました。「怠惰の法則」「エスタブリッシュの民主化」というものでしたよね。

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深津 怠惰の法則とエスタブリッシュの民主化、このふたつは自分がサービス設計をするときの考え方なんです。怠惰の法則というのは自分が勝手に名付けたもので、「人間は何か選択肢があるとき、最も怠惰な行動をしても許されるものに集まる傾向がある」という法則です。ふたつのテクノロジーがぶつかったとき、いわゆる「ダメな人」に優しいテクノロジーが基本的には勝つということです。

わかりやすい例だと、「竹をこすって火をおこす」対「ライター」だったらライターが勝つし、「ライター」対「コンロ」だったらコンロが勝つ。「コンロ」対「電子レンジ」だったら電子レンジが勝つということです。「準備が面倒でなく、実行するのが面倒でなく、意思決定が面倒でないもの」。ダメな人に優しいテクノロジーが最終的に残るんです。

逆にどんなに素晴らしい成果が出るテクノロジーでも、専門的なコンソールや複雑な意思決定を経ないと使いこなせないものは、一部のプロフェッショナル用途以外では普及をしないというのが自分の原則論ですね。

生成AIの文脈で話すと、テキストウィンドウに「雑」に欲しいもの入力したら欲しいものが出てくる。これはテクノロジーとしてはかなり怠惰な方向性なので、これは当たりやすい、伸びやすいテクノロジーだという感触です。

エスタブリッシュの民主化は、大きな方向性でテクノロジーを解釈する方法論です。前の世代においてお金持ちしか利用できなかったものが、庶民にも触れられるようになるのがテクノロジーの方向性だと考えています。民主化、あるいはコモディティ化といってもいいでしょう。

「お金持ちの人しか馬車に乗れませんでした」という時代から「みんなが車に乗れるようになりました」ということですね。例えば「Uber」は、誰でも疑似的にお抱えの運転手を雇えるようになったと言い換えられます。

「エスタブリッシュメント層がお金をかけることで維持できていたシステムを安価に利用できる方向にテクノロジーは進化する」という考えです。

――単純にトレンドに乗るのではなく、キャリアやビジネスに活かしきるところが、深津さんの素晴らしさだと思います。時代やトレンドをキャリアの本流に引き込み、ストリームのど真ん中に行くにはどうすればいいのでしょうか。

深津 そもそも、私はトレンドに乗ることにはそれほど興味はないんですよ。先ほどお話した通り、新しいテクノロジーが生活をどう変えるかが重要なので、必然的に新しい、かつ前例のないテクノロジーに触れなければならないんですね。とりあえずさわって、全体感のイメージや方向性を理解して語れるようにする。

UXやサービスデザインのフィールドで活動していくためには、人より先に未開のものに触れて詳しくならなければならないという前提があります。その前提を満たしていると、まだ人材が希少なので仕事の話につながりやすいという流れですね。トレンドに乗ることは本質ではありません。

そういう意味では、AIにも張っていますし、VRにも張っています。ただ、Web3には……張ってなかったかな。先ほどの怠惰の法則に則って判断すると、Web3はとてもマメな人じゃないと使いこなせないテクノロジーだと思っていました。なので、今は張らなくていいものなのかなと。

――ちなみに、そのふたつの法則を見つけるに至った経緯やきっかけはあるのですか?

深津 私が怠惰の法則と言い出したのは2015年ごろの話です。2000年から2015年ぐらいまで、いろんなテクノロジーに張ったりウォッチしたりして、生き残ったものとなくなったものを普遍化するとそうなったということです。

――日頃の活動で見えてきた法則ということですね。

深津 Flash業界にいたときに広告も扱っていたので、「興味を持ってもらい、さわってもらって、使ってもらえてなんぼ」という前提条件が織り込まれています。そのような考え方の習慣があるので、テクノロジーを見たときに「これはみんなさわらないのではないか」「これはみんなに理解してはもらえないのではないか」がなんとなくわかるんです。

――それは面白いですね。テクノロジーのすごさより、「みんながさわりやすそうか」が基準になる。

深津 ここまでお話ししていない3つ目の法則なのですが、「耐雑性」、つまり「雑」に対する柔軟性のような考え方が大事だと思うんです

正しく理解したときにだけベストパフォーマンスが出るツールは、基本はプロフェッショナル用ですよね。一般民生用にはほぼ流行らないでしょう。民生用に流行るツールというのは、初めて触れる人が雑な理解でやっても、うろ覚えで半分間違いながらやっても、テレビ見ながらやっても、なんとなく良い成果が出る。そういったものが、いいプロダクトになると思います。

ベストユーザーがベストタイミングで、ベストチューニングで120点を出せるツールよりも、間違った運用をしても80点を取れるようなツールのほうが生存率は高いのではないかと私は考えています。

POINT

  • 怠惰の法則
    人間は必ずラクなほうを選択する。ダメな人に優しいサービスが生き残りやすい
  • エスタブリッシュの民主化
    一部の裕福層がお金をかけることで維持できていたシステムを安価に利用できるようになる方向でテクノロジーは発展する
  • 耐雑性
    ベストとはいえない「雑」な運用をしても80点が取れるシステムのほうが普及しやすい

セミナーで寄せられた質問への一問一答

質問:サービス基盤をビジネスに展開する際に考えていることはありますか?

サービス基盤の創出に関する思考はとてもよく理解できたのですが、その基盤をビジネスに展開する際に考えていることはありますか?例えば、サービス自体の経済合理性や顧客単価の考え方などがあれば教えてください。

深津氏の回答

私は基本的に「人が使うか」と「人が習慣化してくれるか」をメインのフィールドにしています。そのうえでお答えすると、「人が使うか」と「お金が儲かるか」は別の話として捉えるべきです。

人が使ってリピートしてくれるものに対して、良いビジネスモデルを付けるというところまでをセットにする必要があると言い換えてもいいでしょう。人が使うだけでビジネスモデルがなければお金になりませんし、逆に完璧なビジネスモデルでも人が使わないプロダクトだとダメになってしまう。ふたつを両輪だと考えます。

ビジネスモデルを構築するうえでは、「スケール性」「アセット性」「横展開性」だけで考えるようなフレームにしています。スケール性で考えると、儲かったときにアクセルを踏んだら指数関数的に上昇カーブが描けるビジネス構造なのか、それともアクセルを踏んだときに、規模が大きくなるほどコストが重くなって利益構造が悪化するものなのか。アセット性は、一度作ったものが勝手にお金を産んでくれるのかどうか、それとも使い捨てで毎回それを繰り返すのか。横展開性は、作ったものを違うプロダクト、違う業種、違うビジネスにリユースすることで、ロケットスタートやコストの低減、パーツの共通化ができるかどうか。このあたりのところから考えていくことが多いと思います。

Q:AI時代のクリエイティブ職の価値とは?

デザイナーでなくとも、コピーライターでなくとも、自分の頭で考えることさえできれば、AIやサービスの力をうまく使ってデザインクリエイティブをしていくことが可能ないま、デザイナーの本当の価値とは何なのでしょうか?

深津氏の回答

これはあくまでも自分の中でのデザインの理解、自分の中でのデザインについての定義ですが、「環境におけるカオスの最小化を設計することがデザインである」という定義をしています。

ビジネスでもいいですし、人間関係でもいいですし、あるいは何か物理的構造でもいいのですが、ある環境を仮定してみます。そこには外部要因あるいは内部要因で、いろんな不確定性のカオスがたくさんある。「その環境では何が起きるかわからない」というのが「アンデザインされた状態」です。

一方、「デザインされた状態」というのは、外部要因あるいは内部要因によるカオスが交通整理されている状態です。「これは起こるかもしれない」「これは意図的に起こるようにしている」「これは起きないようにしている」といった具合に、アンプレディクタブル(予想不可能性)を仕分けして、排除するように交通整理することがデザインだと考えています。それをグラフィックでやる人がグラフィックデザイナー、プロダクトでやる人がプロダクトデザイナー、ファッションでやる人がファッションデザイナーということになるのかなと。

何もない広場があり、「なんでもやっていいよ」という前提の中で、特定の行動だけが発生しているなら、それはデザインされた状態です。想定されないことばかりが起きているとしたら、それはアンデザインとされた状態、カオスが大きい状態であるということです。

広場に芝生を植えて穴を空けて、旗を立て、ゴルフという行動しか発生しない状況になったなら、それはカオスな広場がゴルフ場という状態に収束したとみなせます。これはデザインされた状態ですね。

予測不能な状況を予測可能にする、知覚不能な状態を知覚可能にする、これをグラフィック、プロダクトサービス、インターフェースなどを利用して、コントロール可能な状態にすることがデザイナーなのかなと考えています。だから私の理解だと、エンジニアリングもデザインのサブセットですね。

Q:普段どのように情報収集をしていますか?

深津さんは普段、どのように情報収集をしているのでしょうか?

深津氏の回答

私の場合は、自分の知らない分野に入って短期間で成果を出すこと、ナレッジを構築することが求められます。一番簡単なのは、その業界でみんなが信頼している人を見つけて、その人たちを徹底的にフォローして、その人たちがいっていることの共通項を抽出する方法です。その業界で良いとされる本を10冊ぐらい買って、それらの本が共通して述べていることを勉強する。それからエッジ知識は全部捨てるというやり方をします。

10人のうちひとりがいっているようなことは間違いか、大天才の意見なんです。間違いなら役に立たないから「捨てる」。大天才の意見は素晴らしいけど、使いこなせるかどうかわからないので「後回し」。まずは10人いたら10人全員が押さえているものから順番に押さえる形で情報収集、知識収集をするといいでしょうね。

深津氏インタビューVol.2「『プロンプトだけを追うな』深津貴之氏が警鐘。AI時代のデザイナー・マーケターに必要な“抽象化力”とは」

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プロフィール

深津 貴之(ふかつ たかゆき)

THE GUILD / UX Designer
深津 貴之(ふかつ たかゆき)

インタラクションデザイナー。
株式会社thaを経て、Flashコミュニティで活躍。2009年の独立以降は活動の中心をスマートフォンアプリのUI設計に移し、株式会社Art&Mobile、クリエイティブファームTHE GUILDを設立。メディアプラットフォームnoteを運営するnote株式会社のCXOなどを務める。執筆、講演などでも精力的に活動。

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