様々な情報があふれ、手にしたものがすぐに飽きられてしまうようになった現代においては、獲得効率を最適化するだけではビジネスが厳しくなってきています。そんな中で、各タッチポイント単体の最適化ではなく、長期的な顧客との関係(=エンゲージメント)を見据えた戦略設計が注目されています。
本記事では、アプリユーザーの「獲得段階」からエンゲージメントを意識し、LTVの最大化を実現するための方法を解説します。
旧来のアプリユーザー獲得手法の限界
アプリのユーザー獲得といえば、CVRやCPI・CPAをKPIに設定し、できるだけ効率の良い獲得手法を模索される方が多いのではないのでしょうか。
しかし、こうした短期的な効率重視の戦術では、今後どんどん獲得パイが小さくなるだけでなく、アプリ全体の定着率が低下し成長が鈍化していく恐れがあります。
ここでは以下3つのトピックをその理由として挙げます。
①:アプリDL数は増加、アンインストール数はさらに増加
②:IDFA取得のオプトイン制導入
③:個別最適施策の弊害
①:アプリDL数は増加、アンインストール数はさらに増加
世界全体における2019年のアプリDL数は、前年比で45%増加しました。市場におけるアプリの流通数とDL数は大きな上昇トレンドにあります。一方で、アプリの利用実態はどうでしょうか? ここでは、A:アプリの保持数と利用数、B:日あたりスマホ利用時間のふたつを、アプリDL数と比較して考察してみます。
まずは、A:アプリ保持数と利用数です。上図はユーザーあたりのアプリの保持数と利用数・利用率の推移をあらわしたものです。グラフだけではわかりにくいですが、2018年1月→2019年12月アプリの保持数・利用数の変化は、以下のようになっています。
アプリ保持数: 22%増
アプリ利用数: 42.5%増
アプリ利用数は上述したアプリDL数とほぼ一致している一方、アプリ保持数はそこまで伸びていません。ここから、ユーザーはアプリを次々とダウンロードするものの、それ以上のペースで不要なアプリを削除していると言えます。
これに、B:日あたりスマホ利用時間 の推移も加えて分析してみます。
目視になりますが、日本における2018年から2019年のアプリ利用時間の増加は、概ね8%程度。アプリ利用数の増加と比べると、かなり小さくなっています。このことから、1アプリにかける時間は大きく減少していることが分かります。
ここまでのデータをまとめると以下のようになります。
大きく増加 |
アプリダウンロード数(45%増) アプリ利用数(42.5%増) |
増加 |
アプリ保持数(22%増) |
微増 |
1日あたり利用時間(8%増) |
つまり、もうすでにユーザーの総アプリ利用時間は頭打ちになっており、その限られたパイのなかで、より多くのアプリがその可処分時間を奪い合っているという状況が見て取れます。
また、限られた時間のなかでもアプリ利用数自体は増加していることから、ユーザーが以前よりも多様な目的で多数のアプリを利用するようになったということも読み取れます。今後は限られた時間の中で自社アプリのポジショニングを明確化し、継続して使ってもらえるよう努力することがより重要になってくるといえるでしょう。
広告やASOなどで見つけてもらえる可能性を上げる取り組みはもちろんですが、インストール後にアンインストールされないための顧客体験の設計が重要になっている背景がおわかりいただけるでしょう。
②:IDFA取得のオプトイン制導入
IDFA(Identifier for Advertisers)はデバイスごとにユニークに振り分けられ、広告効果の計測の他に、アプリを利用しなくなってしまったユーザーに復帰を促すアプリリエンゲージメント広告にも使用される重要なデータです。
しかし、このIDFAを取得するにあたりiOS14以降は許諾ダイアログを表示することを義務付ける変更が先日のWWDC2020で発表されアプリ業界に激震を与えました。
TapResearchの調査によると、IDFA取得許諾のダイアログへのオプトイン意向はわずか19%となっています。
これは、アプリを使わなくなってしまったユーザーへ復帰を促す手段のひとつである、「リエンゲージメント広告」のリーチ可能ユーザー数が激減することを意味しています。
すなわち、インストールしたユーザーに対し、リエンゲージメント広告を使わなくても休眠しないような施策が必要になります。プッシュ通知などを使用して継続して使ってもらえるようにする・使わなくなってしまったユーザーを復帰させる施策ももちろん大事になりますが、そもそも離脱させないような顧客体験の構築が重要になることは言うまでもないでしょう。
③:個別最適施策の弊害
ここまで述べてきたユーザー離脱の大きな要因となるのが、個別最適施策によるユーザー体験の断絶です。
旧来のアプリマーケティングでは、広告・オーガニック・アプリ内マーケティング施策がそれぞれ別の部署により実施され、KPIもチームごとに個別に設定されていることが主でした。
具体的には、広告部署ではアプリDL率・CPI・CPAを、アプリ内マーケティング部署ではリテンションレート・CVRを追います。広告部署では効率良くユーザーを利用開始させることに注力しその後は関与しないという形です。
しかし、この状況は顧客目線で考えると強い違和感を覚えます。なぜなら、事業者側からすると施策実施箇所は分かれていても、ユーザー側からするとタッチポイントして一貫した流れになっているからです。
では、各部署が個別最適のみを考えると、各タッチポイントの体験に整合性が取れなくなることで、顧客が離脱してしまう恐れがあります。
例えば、広告やアプリストアでは高級志向のファッションブランドの商品がお手頃価格で買える点を訴求しているのに、実際のアプリ内ではファストファッションブランドをメインに押し出している、など。こうした状況が発生すると、インストール時の期待値とのギャップにより、ユーザーの離脱を招く可能性があります。
この一貫した施策実施の重要性は、世界最大のASO(アプリストア最適化)に関するカンファレンスである“ASO Conference 2020″でも声高に各登壇者から主張されています。獲得から定着までを一貫した施策を実施したところ、全体としてのアプリ成長につながった事例も多く報告されています。
長くなりましたが、以上3つのトピックを端的にまとめると以下のようになります。
■ 旧来の獲得戦略
手法:リーチ数と獲得効率を意識した面の刈り取り型
KPI:CVR・CPI・CPA
→競争は激化しパイは縮小していく
■ これからの獲得戦略
手法:タッチポイントのユーザー体験を一貫させた線の農耕型
KPI:リテンションレート・LTV
→顧客と長期的な関係を持つことでサービス全体の成長につながる
では、実際にエンゲージメントドリブンの獲得戦略とはどのように設計すればいいのでしょうか?次章で詳述します。
エンゲージメントドリブンの新しい獲得戦略の設計方法
下図は、ユーザーの行動を横軸に取り、それぞれの段階で取得できるデータをどのように獲得領域にフィードバックできるかをあらわしたものです。ここではマンガアプリを例に取り、以下3つの軸で考えてみたいと思います。
①:アプリ内のデータを獲得領域にフィードバックする
まずは、アプリ内での実際のユーザーの行動データを元に獲得戦略を設計する方法です。
あるマンガアプリAでは、アプリストア詳細ページや広告クリエイティブでスポーツカテゴリの漫画を強く押し出していました。しかし、実際にアプリを利用しているユーザーの閲覧ジャンルごとのリテンションレート・LTVを計測するとそれは効果的ではないことがわかりました。以下のように、スポーツ漫画を読んでいるユーザーはアプリを継続利用しないのに加えて、LTVも他ジャンルと比較しても相対的に低いことが判明したのです。
さらに、ユーザーがアプリ内で検索しているキーワードとその検索割合のデータを見てみると、スポーツ漫画関連のキーワードで検索をしているユーザーはごくわずかで、多くのユーザーは冒険漫画に関するキーワードで検索をしていることが判明したのです。
検索キーワード |
ジャンル |
検索割合 |
冒険マンガ |
冒険 |
32% |
アドベンチャー |
冒険 |
25% |
4コマ |
ギャグ |
12% |
4コマ漫画 |
ギャグ |
10% |
恋 |
恋愛 |
6% |
恋愛漫画 |
恋愛 |
5% |
青春 |
恋愛/スポーツ |
4% |
サッカー |
スポーツ |
3% |
バスケ |
スポーツ |
3% |
このアプリAでは、継続利用ユーザーが閲覧している漫画ジャンルをクリエイティブで訴求し、アプリ内検索キーワードをストアページにも設定することで、エンゲージメントが高いユーザー群を獲得することが可能になります。
②:認知・検索キーワードをプロダクトへフィードバックする
次に、サービス認知のきっかけとなる検索クエリをアプリ内体験にフィードバックしていく方法です。
あるマンガアプリBでは、長編の恋愛漫画を強みとしてアプリ内で押し出していました。しかし、ストア上で流入したユーザーが検索したキーワードと、そのキーワードごとのリテンションレートを調べてみると、恋愛漫画関係のキーワードの検索割合は小さいだけでなく、リテンションレートも低かったのです。逆に、ギャグ漫画関連のキーワードで検索するユーザーが多いだけでなく、リテンションレートも高かったことがわかりました。
検索キーワード |
検索割合 |
RR |
マンガ アプリ |
22% |
15% |
マンガ |
18% |
10% |
漫画 手軽 |
16% |
22% |
ギャグ漫画 |
12% |
19% |
暇つぶし 漫画 |
10% |
18% |
4コマ漫画 |
8% |
24% |
青春恋愛 |
3% |
11% |
泣ける マンガ |
4% |
8% |
恋愛漫画 |
3% |
11% |
長編 漫画 |
2% |
5% |
この結果からマンガアプリBでは、ユーザー数の拡大と定着率の向上を図る為、コンテンツとしてギャグ漫画関連に注力していく決定をしました。
上記は極端な例ですが、アプリで推しているポイントと、実際にユーザーが求めている体験の乖離を小さくするのが一貫した体験提供において重要になります。
なお、前述の ①:アプリ内のデータを獲得領域にフィードバックする手法とは逆の考え方になるので、状況に合わせて適切な手法を選択する必要がある点に注意です。
③:UGC内出現キーワードのマーケティングメッセージへの転用
最後はUGC(User Generated Content・ユーザー生成コンテンツ)を参考に、獲得戦略を設計する方法です。
ここでは、マンガアプリCで連載中の架空の漫画「僕の妹がこんなに楽しいわけがない」を例に取りましょう。編集部ではこの漫画を、「ぼくいも」という略称でストアページに記載し、ジャンルは恋愛漫画としていました。
しかし、「ぼくいも」の検索割合は小さく、かつ「ぼくいも」を訴求したクリエイティブ経由のDL率・リテンションレート共に非常に低い状態でした。そこで、編集部はSNSやブログなどでユーザーが「僕の妹がこんなに楽しいわけがない」に言及している投稿を観察したところ驚きの事実が判明しました。
なんとファンの間では「のがない」という略称が愛用されていたのに加えて、ギャグ漫画として認識されていたのです。アプリCでは、この結果を元に、「のがない」表記に変更、更にクリエイティブをギャグ漫画訴求にすることで獲得数が増加したのでした。
ここではマンガコンテンツを例に説明をしましたが、自社が推したいポイントと実際にユーザーが評価している点に乖離があるのはままあることです。UGCを生成するユーザーはエンゲージメントが高いファン層である可能性が高く、ファン自身が実際に使用する言葉・訴求軸をマーケティングメッセージに転用することで親和性の高い新たなユーザー群の流入が見込まれるでしょう。
以上3つの軸が、エンジージメントドリブンの獲得戦略ですが、ここで注目頂きたいのが、どの転用方法も獲得・定着・収益の段階横断的に実施される点です。推測ではなく、実際に長期的に利用してくれているユーザー(=エンゲージメントが高い)の行動・興味に基づいた戦略を一貫して適用することが重要になります。
エンゲージメントドリブン獲得戦略のKPI設計
ここまでエンゲージメントドリブンな獲得戦略の手法について解説しましたが、KPIはどうすれば良いでしょうか?
旧来の獲得戦略ではCVR・CPI・CPAなどの指標(下表赤色部分)をKPIとして設定していました。しかし、この刈り取りのみにフォーカスした戦い方では、前述したように個別最適化によってユーザー離脱を招く可能性があります。
今後のエンゲージメントドリブンの獲得戦略は、アプリ全体の長期的な成長をゴールとして設計します。すなわち、残存月数・月売上・LTV・総売上といった、獲得後も含めた収益指標収益(上表青色部分)をKPIに据えるのです。
ここで、上表のキーワード別のパフォーマンスを見てみましょう。旧来の獲得戦略では、CVR・CPIがゴールとなるため、キーワードAに注力するべきという結論が出るはずです。しかし、エンゲージメント関連の指標を見てみると、実はキーワードAは残存月数・月売上が最も低く、キーワードBが最もユーザーが長く使ってくれるだけでなく、アプリ全体の成長にも寄与していることがわかるのです。
上記はキーワード単位での例ですが、キャンペーン単位・オーディエンス単位でも同じ考えが適用できます。こうして見ると、アプリ内外を分断した個別最適化のKPIが危険を孕んでいるものだということがおわかりいただけるのではないでしょうか。
エンゲージメントドリブンの獲得戦略の効果
さて、最後にエンゲージメントドリブンの獲得戦略がどのような効果をアプリ全体の成長に及ぼすかを図解して終わります。
下図はアプリ全体の成長循環構造を表しています。
ポイントになるのが、継続ユーザー数や継続率の上昇は、アプリストアの検索順位向上・露出量増加にも影響する点です。アプリストアにおける検索順位決定には直近のDL数や売上などの量的指標以外に、継続率・アンインストール率・評価などの質的指標の重要性の比重が増しているため、カスタマーエンゲージメントの向上は認知・獲得領域にも成長循環としてフィードバックされることになります。
このように、認知・獲得から定着・収益化まで一貫した顧客体験を提供することで、ユーザーエンゲージメントは向上し、それがアプリ全体の成長の好循環エンジンとなるのです。
まとめ
以上がこれからのエンゲージメントドリブンの獲得戦略とその効果 です。
繰り返しにはなりますが、各ユーザータッチポイントごとの部分最適施策は長期的関係性の構築にはつながらずパイは小さくなっていきます。
今後大事になるのは、ユーザー体験を時間軸として捉え、ユーザーを「管理」するのではなく、一人ひとりの興味・嗜好・行動を考慮した状況に合わせたコミュニケーションを行うことです。
エンゲージメントドリブンの戦略を獲得領域から一貫して行うことで、顧客との長期的関係性を構築できるだけでなく、サービス全体の成長循環が回り続けることになるでしょう。