株式会社THE GUILD代表の深津貴之氏へのインタビュー第2弾。前回はトレンドの本質を掴み取る思考法についてうかがいましたが、本記事ではより具体的にキャリアやスキル、ビジネスへの落とし込み方に触れています。
デザイナーやマーケターは世界の変化にどのように対応し、乗り越えていけばいいのか。深津氏の考える「不変の法則」からサービス改善にあたっての具体論まで、じっくりとお話をうかがいました。
※本記事は2023年4月12日にRepro株式会社が開催したセミナー「AI時代を乗り越えろ!深津貴之氏に聞く トレンドから本質を掴み、事業を伸ばす思考法」での公開インタビューの内容を再編集したものです。
⇒ 深津氏インタビューVol.1「生成AIが流行るのは“耐雑性”があるから。深津貴之氏に訊いた普及するテクノロジーに共通する3つの法則」へ
自分と特定の業界を「密結合」させない。変転する世界を生き抜く方法
株式会社THE GUILD代表の深津貴之氏(右)とインタビュアーを務めたRepro株式会社の實川節朗(左)。
――少し前に20年以上Web業界で活躍してきたマーケターの方々に、大きな技術革新と向き合うときに大切にしていることをうかがう機会があって、過去の経験に囚われすぎない「アンラーニング」、ビジネスの本質を追える「ベーシックスキル」、仕事をするときの巻き込み力「人間関係構築力」が大事になるだろうとおっしゃっていました。
深津 そうですね。似たようなことを違った表現で自分で理解していると思います。AI時代かどうか、デザイナー、マーケターという立場は一度置いておいて、例えば私が学生や社員から進路・キャリアの相談を受けたときなどに話すのは「1カ所に体重をかけない」ということです。1カ所だけに体重かけてしまうと、底が抜けたときにはすべてがなくなってしまう。そういうところに自分の人生や財産を預けないということですね。
あと、私が普段使っている言葉だと「スケール性」「アセット性」「横展開性」。この3つが満たされているものから投資すべきだと考えています。
「スケール性」は、一度うまくいったら、アクセルを踏むことで際限なく伸びていくものかどうかということ。「アセット性」は、一生使い倒せるかどうか、資産としてどれだけ貯まるものなのかということ。「横展開性」というのは、いまとはまったく違う業界に行ったときでも転用できるナレッジやスキルかという観点です。これらが備わっているものから優先的に投資すべきですね。
――「いま自分がいる業界が消滅し得るという前提で変化に備えよ」とも聞こえます。
深津 私自身のFlashの経験があってそう思うのですが、自分をプログラムだと考えた場合に自分のキャリアやスキルセットが業界と「密結合」になるような実装をしないということですね。業界と自分を密結合させない、あるいは時代と自分を密結合させないのが重要なのかなと思います。
そう考えると、CSSの書き方を勉強することは、私の中では優先順位が低くなります。どちらかといえば、意思決定の方法、物事の分析方法のほうが優先順位は高い。プログラミングをするにしても、個別の言語の文法は優先順位が低く、オブジェクトやロジックの構築の仕方のほうが優先順位は高いといえます。
――それはFlashクリエイターの時代から意識されていたのですか?
深津 Flashの実装をしていたときにそういうことを学び取り、Flashが消滅したときにそういう実装の仕方を自分にも施しておけば、人生における脆弱性が少なくなって良いというのを学んだイメージでしょうか。
――仮に今のお話をこの生成AI時代に適用させるとしたらどのような表現になりそうでしょうか?いわゆるプロンプトをたくさん書けるとか……ではないですよね。
深津 そうですね、プロンプトというのは生成AIに密結合しているし、大規模言語モデルに密結合しているので、自分の優先順位にあてはめると投資すべきところではないという判断になります。
自分が投資すべきと考えるのは、誰もルールを知らない環境に放り込まれたときに、最初に仮説を立てて、暫定ルールを作って動く能力です。そこに投資すれば、プロンプト云々といった話は勝手についてくるので、プロンプトそのものを単独で勉強する必要はないと考えます。やや抽象的かもしれませんが。
――今のお話はあらゆる人に共通するとは思いつつ、物事を抽象化するスキルを強く求められるような印象を受けました。例えばデザイナー、マーケターのように、「この職業」という形に落とし込んだときのアドバイスはありますか?日々の業務の中で、自分と業界や仕事を密結合せざるを得ない部分もあると思うのです。
深津 うーん、デザイナーもマーケターも抽象化するのが仕事だと思うので、そこはなんともいえないですね(笑)。「抽象化してモデリングすることに全振りする」というのが、ひとつの方法だと思います。
私がUXフィールド、あるいはサービスデザインフィールドに重心を置いている理由のひとつもそこにあるんです。この領域がWeb業界の中で一番抽象化を必要とするナレッジであるということ。脳と精神がどう働いて人間がどう行動するかというナレッジは、他業界に移動しても100%役に立つと考えているからなんです。
――人間とは?とか、心が動くとは?ということですね。
深津 「見る」「理解する」「コミュニケーションできる」「欲しくなる」「さわってみる」「挫折しない」、こういったことにまつわるスキルは、明日からラーメン屋さんをするにしても、営業の仕事をするにしても、コンビニを経営するにしても使えるスキルセットなので、そこに投資をする。そういう投資をすると、仮にiPhoneが明日消滅してVRの時代になったとしても、自分のスキルセットの9割はそのまま持っていけると思うんですよね。
それこそいまであれば、具象レイヤーはAIに手伝ってもらえばいいかなと。エンジニアの世界でいうならば、ベースクラスやアブストラクトクラスに該当する部分は自分でやり、サブクラスレイヤーはAIに任せるということですよね。
――深津さんのように、抽象化する能力を鍛える方法はあるのでしょうか?
深津 シンプルにいうならば、具象レイヤーにそんなに時間を使わないことです。あるいは具象レイヤーにたくさんの時間を使うのですが、それをすべて抽象レイヤーに昇華するための投資だというスタンスで行うという方法もあります。
――深津さんは以前、ハンドメイド関係のお仕事に携わるときに、実際に手を動かして板金加工を経験されたそうですね。それも抽象化思考への投資という意味があったのでしょうか?
深津 手を動かす人が「どんなことを考えるか」「何を大事にするのか」、そういったことを理解するためには実際にやってみるのがいいですね。極端な例だと、美容整形関連のマッチングサービスのアプリのレビューするときには、実際にクリニックで施術を受けてもいい。不動産購入マッチングサービスの仕事をするときには不動産を買ったりするとか、FXサービスならば本当に取り引きをしてみるとか、そういうことをやってみるのは大事かなとは思っています。
具象レイヤーは抽象レイヤーを理解するためのプロセス。抽象的なものを手に入れるために、具象レイヤーで練習をする感じなのかな。いまの生成AIの文脈でお話しするなら、プロンプトをただプロンプトとしてだけ勉強すると、現時点のAIへの指示にしか使えないのでもったいないという感覚です。
人間の脳の話と情報設計の話と、インストラクションとコミュニケーション。これらの抽象レイヤーのスキルセットを持っていれば、プロンプトは単にAIという特殊な特性の人とのコミュニケーション設計をどうするかという話に還元されます。特に新しいことを学ばなくても、英語を習得している人が、スペイン語を学ぶぐらいの難易度で済む話なのかもしれないと思いますね。
POINT
- 「スケール性」「アセット性」「横展開性」を意識する
よりアクセルを踏むことで再現性を持って成長するものなのか、一生使い続けられるものなのか、他の業界や特殊事情下でも活用しやすいものなのかを念頭に投資すべきスキルを検討する
- 自分と業界・時代を密結合させない
業界が消滅することもある。時代が変転することを前提としてスキルやキャリアにおける投資優先度を決める
- 抽象レイヤーの思考・スキルを磨く。具象レイヤーは抽象化に至るプロセス
誰もルールを知らない環境に放り込まれたときに、最初に仮説を立てて暫定ルールを作って動くという能力を磨く。具体的な作業に向き合うときも、抽象化のための素材として捉える
サービス改善の宇宙の法則は「レスポンスの速さ」と「最小限のコミュニケーションコスト」
――具体的な仕事をイメージして、もう少しお聞かせください。深津さんは様々なサービスの改善に関わっていますね。どのような考え方で取り組まれているのか、あるいは今後、生成AIが普及していく中で変わっていく部分があるのか、ご意見をいただけますでしょうか。
深津 基本的には抽象レイヤーを考えるところからスタートします。具象レイヤー、つまりその業界特有の要素についても自分で体感して理解するようにしますが、業界の特殊事情を使って解決するのは最終手段です。まずは、業界によらない解決手段から着手すべきだと考えます。普段はすべてに共通する「宇宙の法則」や「宇宙の真理」に近いものからという言葉を使っているのですが。
いくつかの施策を思いついたときにどれが宇宙の法則に近いのか、どれが「地方の法則」にあたるのかを検討して、宇宙の法則に近いものから着手したり、グロースの施策として採用したりしますね。
――その前段としての課題の抽出はどのようにされていますか?
深津 その部分は徹底的に具象レイヤーの要素を実践してみます。「宇宙の法則の中でこの分野で使えるものは何か」「実際に使ってみて役に立ちそうなものは何か」をどんどん試してみる感じですね。具象レイヤーの活動の中で気づくこともありますし、宇宙の法則として私が認識しているものをその業界に落とし込んでみて、通用する・通用しないを試してみるんです。
――デザインやマーケティングの分野における宇宙の法則といえるものはあるのでしょうか。
深津 宇宙の法則のひとつは、「レスポンスが速い」ことですね。例えばボタンを押したら、ボタンを押した瞬間に何かが起きると人間は気持ち良いと感じる。ギターの弦を叩いた瞬間に感触があって音が鳴ると人間は気持ち良いと感じる。発注メールを出して30秒で返事があると人間は気持ち良いと感じる。そういったものですね。
原則として、人はなんらかのアクションしたとき、そのレスポンスが0.3秒以内ぐらいで発生すると気持ち良く感じたり、信頼感が醸成されたりするんです。ECサイトでもスポーツでも、楽器でも日常コミュニケーションでも全部同じです。自分だったらそこから着手をすることを考えます。
――ふたつめもあるんですね。ぜひ教えてください。
深津 先ほどお話しした怠惰の法則や耐雑性にも通じることなのですが、ふたつめは「コミュニケーションコストの最小化」です。誰かにものをオーダーするとき、12,000文字で厳密に指定して結果が返ってくることを喜ぶ人はほぼいません。ステーキ店でステーキの焼き方を12,000文字で説明したい人はいないでしょう。基本は「雑」に運用して最高の成果が返ってくることを望むんです。これも宇宙の法則に近いですね。
そういうのをまずは試してみる。そうすると、プロユースは厳密に指定して厳密な成果を得られるほうに需要があるけど、民生用はそうではないんだなといった仕分けができてきます。
――いわゆる宇宙の法則にも業界によって違いがあったりするんですか?
深津 業界による差分はそれなりにありますが、その差分への対応は後回しでいいと思っています。差分が発生しないところから着手をするほうがずっと楽だし、成果を出しやすいので。
もっと具体的な話をすると、操作する機能と操作しない機能だったら「操作しない機能から優先的に実装する」ですかね。例えば着手すべき点として、Webサイトの検索フィールドとレコメンドがあったとします。この場合は100%、レコメンドへの投資を先に実施します。
操作が必要な機能と操作不要の機能があった場合、操作する機能にはユーザーの能動的なアクションが必要なわけです。その機能を「発見して」「挙動を理解して」「予測して」「モチベーションを立てて」「行動コストを払って」、初めて発動するものです。
ページを見た瞬間に勝手に効果を発揮するものと比べると、能動アクションを求める機能は常にコンバージョンレートあるいはファネルのサイズが小さくなるはずです。ファネルのサイズに見合うすごいインパクトがあるものでない限り、訪れただけで発動するとか。問題が起きる前に勝手に解決するとか、コミュニケーションコストが少ないもののほうが、優先度は高いと私は考えます。
サブスクリプションはわかりやすいですよね。毎月購入ボタンを押すことは、相手側に不確定性要素を預けた能動的要素ですが、サブスクリプションというのは受動的に発生させる課金です。
せっかくなので、もう少しマーケティング的な話をしますね。「その機能が必要なユーザーの数」「その機能が必要とされる回数」「その機能が提供されて物事が解決したときにユーザーに与える利便性やインパクトの大きさ」「能動的に操作して発動するのか、ユーザーが知らないうちに起きて解決するのか」。この4要素の掛け算した結果、最も値が大きくなる施策から着手すべきだと考えているのです。
――なるほど。すごく現場でも活かしやすい考え方だと感じました。サービスやデザイン、マーケティングに対する普遍的な思考法から、キャリアやスキルの捉え方、さらには具体的な施策の優先順位の決め方まで、大変勉強になりました。本日はありがとうございました。
POINT
- サービスデザイン・改善は宇宙の法則に近いものから
業界の特性によらない普遍的な解決手段に近いものを選び、サービスの改善を実施する。特殊事情の優先度は低い
- 宇宙の法則1「レスポンスの速さ」
人間はなんらかのアクションしたとき、そのレスポンスが0.3秒以内ぐらいに発生すると気持ち良く感じたり、信頼感が醸成されたりする
- 宇宙の法則2「最小限のコミュニケーションコスト」
人間は基本的に「雑」に運用して最高の成果が返ってくることを望む。12,000文字でステーキの焼き方を説明したい人はいない
⇒ 深津氏インタビューVol.1「生成AIが流行るのは“耐雑性”があるから。深津貴之氏に訊いた普及するテクノロジーに共通する3つの法則」へ