古市優子氏に訊く:これからのマーケティングに必要不可欠なダイバーシティ&インクルージョンとは

Repro Journal編集部
Repro Journal編集部
2023.01.11
古市優子氏に訊く:これからのマーケティングに必要不可欠なダイバーシティ&インクルージョンとは

目次

欧州大手のイベントオーガナイザー・Comexposium Groupの日本法人であるComexposium Japan株式会社(以下:コムエクスポジアム・ジャパン)で代表取締役社長を務める古市優子さん。これまで数多くの国際的なマーケティングイベントの企画・運営を指揮してきた経験を基に、これからのマーケター、マーケティング業界に求められることとは何かについてお話をうかがいました。ポイントは、いま日本でも注目されてきている“ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)”の実現にありました。

聞き手:Repro株式会社 千田 侑実

代表就任後、間もなくして直面したコロナ禍という逆風

古市優子――ではまず、古市さんのこれまでと現在のキャリアについて簡単に教えてください。

古市 はい。私が現職に就いたのは2019年のことです。先代の代表は私よりふた回り年上の男性だったのですが、私が29歳のときにその方から次の代表就任のお話をいただき、30歳で会社を任されたというのが現職に至る経緯ですね。

――コムエクスポジアム・ジャパンにはファーストキャリアで入社されたのですか?

古市 いえ。私は新卒ではサイバーエージェントに入社して、子会社の立ち上げなどを経験しました。そんな当時、海外イベントへの出展という仕事を任される機会があり、その仕事を通じて出会ったのがコムエクスポジアム・ジャパンでした。

もともと英語は得意でしたし、人と人とのつながりを創出するイベントオーガナイザーという仕事に惹かれ、「面白そう、やりたい!」と思って転職したというのが当社に入社した動機です。入社後は色々な苦労もありましたが、ad:tech tokyoをはじめとした国際的なイベントの企画や運営、新イベントの立ち上げなどに携わってきました。

――代表に就任されたのは2019年とのことですが、当時はどのような経営環境だったのでしょうか?

古市 私が代表に就いて間もなくして直面したのが、新型コロナウイルスの感染拡大という事態でした。日本はもちろん、全世界的に急激な変化を強いられた時期ですよね。あらゆる業種・業界にとって厳しい状況だったと思いますが、とりわけ当社のようにイベントを主催する会社にとってその影響は凄まじく、企画していたイベントは次々と頓挫し、多くの方々にご迷惑をおかけしつつ、キャンセル対応や関係各所へのお詫びに奔走する日々でした。

いま思い返しても当時は非常に厳しい状況でした。けれど、幸いなことに当社には若くて前向きなスタッフが多かったこともあり、リアルイベントは開催できないけれど、オンラインでのライブ配信やウェビナーの開催に早くから取り組むことができました。私をはじめスタッフのみんなも、オンラインイベントのプロフェッショナルではなかったわけですが、「とりあえず、いまやれることをやろう!」という姿勢で奮闘していましたね。

ad:tech tokyoの女性登壇者3割以上を実現し話題に

古市優子――大変な状況下でのかじ取りを強いられたわけですね。その時期と前後して、ad:teck tokyoでの取り組みがメディアなどで話題になりましたが、これについて詳しくお話いただけますか?

古市 はい。ad:tech tokyoは2009年から毎年当社が主催している広告主やエージェンシー、メディアなど、各ジャンルのマーケターが集まる国際的なマーケティング・カンファレンスです。2019年の開催ではカンファレンス登壇者の女性比率を3割以上にするということにチャレンジしました。実際のところ相当な苦労もありましたが、目標を達成することができましたし、様々なメディアにも取り上げていただけたのはありがたかったですね。

――マーケティング業界でもこの取り組みは話題になりましたよね。女性登壇者3割以上を目指すというのはどういった意図や目的からだったのでしょう?

古市 これにはいくつか理由があるのですが、ひとつはフランス本社の幹部から「日本の登壇者は男性ばかりだね」と指摘されて、実際に2018年開催時の女性登壇者を数えてみたところ、その比率はわずか6%でしかなかったんです。

このこととあわせて、当時ちょうど2020年までに「指導的な地位に占める女性の割合30%」という日本政府が打ち出した目標があり、社会的にも女性の活躍が注目されていました。そこで女性登壇者比率3割以上を達成しようという目標を掲げたというわけです。

それともうひとつ重要なのは、私自身、色々な国際イベントや様々な海外関係者と接するなかで、「ダイバーシティ&インクルージョン(以下:D&I)」が重要なテーマになっていると感じていたことが挙げられます。
※ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)=人々の多様性を受け入れ、個々の特性が活かされている状態のこと。

世界的にも当たり前のように語られ、欧米を中心に具体的な取り組みも進められているD&Iについて、当時私たちができることとして、ad:tech tokyoでの女性登壇者比率の向上を実現したいと考えたのが、この取り組みの意図と目的でした。

――なるほど。女性登壇者の比率を上げることは自分たちでも取り組めるひとつの方法だと考えたわけですね。

古市 そうです。ただし、D&Iという考え方は、とても広義な意味を持っています。本来それは、性差といったジェンダーに関わる部分にとどまりません。例えば国籍や人種、信教、年齢といった様々な要素を踏まえたうえで、人々の多様性を認め、それらを受け入れて、個々の特性を活かしていくというのがD&Iの考え方です。ですので、ad:tech tokyoでの取り組みは日本におけるD&I実現に向けた一環としてのことでした。

多様なニーズや価値観に対応するためにD&Iは欠かせない

古市優子――そうなんですね。ところでなぜD&Iという考え方はマーケティングの世界でも注目されてきているのでしょうか?

古市 D&Iという考え方は非常に広範な意味を持つわけですが、とりわけ何らかの商品やサービスの提供に関わる部分、例えばマーケティングに絞った場合、成熟した社会においては商品やサービスはとても多様化していますよね。そして、消費者もまた非常に多様で、かつ、商品やサービスとの接し方、価値の受け止め方も多様化しているのは事実です。

こうしたなかで人々の多様性を受け入れて、包括するというD&Iの考え方は、多様なニーズや価値観に対応していくうえで、必要不可欠なことだと考えられるようになってきたというのが、注目されている理由のひとつだと言えます。

世の中や消費者、価値観が多様化するなかで、同質的な組織運営にこだわってしまったり、偏った価値観で事業を進めてしまったりしていては良いアイデアは生まれづらいものです。特に欧米では、人種や宗教といったクルーシャル(重大)な課題もありますし。だからこそ、世界市場を見据える企業はD&Iの実現を重要視しているのです。

――ダイバーシティという言葉は、最近、日本でも見聞きする機会が増えてきたと感じます。古市さんの実感としてはいかがでしょうか?

古市 そうですね。私自身ad:tech tokyoの運営などを通して、ここ最近、D&Iをテーマにした講演をされる企業の方々は増えてきているな、と実感しています。ほんの数年前は最新テクノロジーやAIといった言葉が脚光を浴びることが多かったですし、“SNSでバズる方法”といったテーマに人気が集まる傾向がありましたよね。ですが、最近はその傾向に変化が見られてきていて、D&Iが語られることが増えてきていると思います。

もちろんマーケティングにおいて、売り上げに直結する数字は重要です。インプレッション数やビュー数、再生回数やCTRなどは重要なKPIであることは間違いありません。しかし、もう少し本質的な部分というか、例えばお客様に受け入れていただけるコンテンツはどういったものなのかであったり、パーパス(企業としての存在意義)を追求・訴求したりといった企業がここ最近、増えてきているように感じますね。

これからの市場やお客様へのアプローチとして、そうした本質的な部分を追求することが重要だと認知されはじめてきたことが、日本でもD&Iがテーマとして扱われるようになってきた背景なのかもしれませんね。

古市優子――日本でも徐々にD&Iへの理解は深まりつつあるわけですね。

古市 そう感じますね。ただし、日本は他の先進国に比べてやや特殊で、D&Iを論じる際に女性というジェンダーに関わる話が多い傾向があるというのは大きな課題だと思います。

先ほどお話した通りD&Iはジェンダー問題を指すのではなく、人種や国籍、年齢などを含めて、広い意味で人々の多様性を包括するという考え方です。日本の社会にはジェンダーに関する問題が大きく横たわっているのは事実ですし、その課題解決に取り組むことは重要です。しかし、D&Iの本質は世の中や社会全体に関わる非常に多岐に渡るものだということはしっかりと押さえておくべきでしょう。

例えば女性活躍という課題に向き合う場合も、それは少子高齢化が進む日本社会の今後の成長にとって必要なことであり、家事や育児といった家庭における役割分担のあり方はもちろん、働き方なども含めて変化・対応していかなければならないはず。つまり、社会全体が当事者意識を持って、全員の問題として取り組んでいく必要があるわけです。これはジェンダーに限らず、様々な面でダイバーシティとインクルージョンを実現するうえで重要なことです。

マーケティングで大切なのは“愛を持って接すること”

古市優子――これまでD&Iについて詳しくお話をうかがってきましたが、改めてその重要性について教えてください。

古市 はい。D&Iの重要性が高まりを見せているのはこれまでお話してきた通りです。そして5年後、10年後には、それを実現できていることは当たり前になっていると考えます。

いまはまだ実感が沸かない方も、懐疑的に思える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、多様化する社会や消費者に受け入れられる商品・サービスを提供し、支持され続けていくうえでは、D&Iの実現を通して生まれるアイデアが重要です。それは他社との差別化や多様化するニーズへの対応につながり、ひいては競争力のある企業に成長するための近道になるはずです。

――ありがとうございます。では最後に、これからのマーケターやマーケティング業界にとって重要な視点とは何か、古市さんのお考えをお聞かせください。

古市 うーん、そうですね。少し稚拙に聞こえてしまうかもしれませんが、これからのマーケティングで欠かせない視点としては、“愛を持って接すること”ではないかと考えます。

何かを売る、あるいは何かをマーケティングするといった際に、その商品やサービス、そして仕事に対して、愛を持って、いかに情熱を持って、市場や消費者に接することができるか。その商品やサービスの魅力をどう伝えて、どのように届けるかがとても大切になってくると思うんですよね。

そうした人間味のある“ピュアな情熱”みたいなものはテクノロジーやAIがおよばない領域でもあるでしょう。マーケティングに関わる方、人の心理に訴えかけるという仕事に携わる方にとって、こうした視点はこれからもっと重要になるのではないかと私は考えています。

プロフィール

古市 優子(ふるいち ゆうこ)

Comexpoisum Japan株式会社
代表取締役社長
古市 優子(ふるいち ゆうこ)

2019年にComexposium Japan代表取締役社長に就任、欧州大手イベントオーガナイザーの日本代表となる。グローバルを強みに、ad:tech tokyoをはじめとした、マーケティング・広告・コマース・デジタル領域のカンファレンスを企画運営を指揮。 日本の組織や社会におけるダイバーシティ&インクルージョンの推進に向けて、各種講演やアドバイザー業務など、精力的に活動中。
スターティアホールディングス株式会社社外取締役、米国Advance Women at Work™ Advisor、他。

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