「中国のテスラ」といわれている電気自動車(EV)メーカー「NIO(蔚来汽車)」。車という商品が前面に出ているものの、提供しているのは「高級会員制サービス」で、車を入り口に「ライフスタイル」を提供しています。オンラインとオフラインをシームレスに利用し、コミュニティを作りファンを増やしていく戦略について解説します。
提供するのは「高級会員制サービス」
「中国のテスラ」といわれている、新進気鋭の電気自動車(EV)メーカー「NIO(蔚来汽車)」。「アフターデジタル」の著者であるビービット藤井氏によると、NIOは「テスラは顧客へキーを渡すまでが仕事だけれど、NIOはキーを渡してからが仕事だ」と言っているとのことです。
これはどういうことでしょうか。
車メーカーでありながら、「高級会員制サービス」という側面を持っているのがNIOの特徴であり、「NIOの会員チケットが600万円(実際のところ車代だがその比喩)、それを買ったら車がお土産として付いてくる」という考え方のようです。
参考:
『アフターデジタル』主著者 藤井保文と考えるこれからの10年|オフライン消滅後の世界を占う中国最新事例
NIOの車「NIO es8」(出典:NIO公式サイト)
徹底したアフターサービス
NIOの特徴のひとつにアフターサービスがあります。
日本の車メーカーもアフターサービスを行っていますが、一般的には修理可能部分が一部のものに限られていたり、走行距離や使用年数の上限が決まっていることが多いです。そのため結局適用されるのかされないのか、どこまで適用されるかよくわからなくなってしまう傾向にあります。
NIOはこのアフターサービスが徹底しているのです。
年14,800元(23万円相当)を支払うと、点検・修理・メンテナンスサービスや、洗車サービス、空港での駐車サービス、運転代行サービス、など数多くの充実したアフターサービスを受けることができます。
また点検等で車を引き渡すことが必要な場合は、スタッフが自宅まで車を取りに来てくれ、終了したら家まで戻してくれるのです。
こういったサービスは、一般的にいわれている「アフターサービス」という域を超えているようにも思えます。
上記のような手厚いサービスを年14,800元(23万円相当)を支払いさえすればすべて使えるため、適用範囲やお金のことを考えず、困ったらNIOに頼ることができるのです。
ちなみに、サービスを成り立たせるためにいずれも上限や細かい条件はあります(例:洗車は年15回まで、など)が、「普通に使用している分には全部適用される」というイメージの縛りです。
購入後の保障関連のサブスクリプションサービスは「NIO Service」と称されている(出典:NIO公式サイト)
これだけにとどまりません。
電気自動車(EV)で面倒なのは車の充電ですが、NIOでは年10,800元(17万円相当)もしくは月980元(1.5万円相当)を支払うと、スタッフが家まで車を取りに来て充電をして戻してくれるというサービスを受けられます。加えて、一定量までは充電スタンドでの充電が無料になるのです。
充電関連のサブスクリプションサービスは「NIO Power」と称されている(出典:NIO公式サイト)
充電はスポットを見つけたり、充電の間待機したりする必要があるため、忙しいユーザにとっては面倒に感じられることも多いと想定されます。それをスタッフが代わりに行なってくれるというのは大きなメリットだと感じられるでしょう。
またメンテナンスなどは、本来であれば運転してディーラーに行き、メンテナンスが終わるまでその場で待機し、また家まで車を運転して帰る必要があるため、丸一日潰れるような大仕事です。
これをすべてNIO側で実施してもらえるとなると、今まで人によっては「無駄」に感じられていた時間を他のことに使うことができるでしょう。
日本の点検やメンテナンスは「安全に快適に移動できる」を実現する、いわば「普通の」メンテナンスです。一方、NIOのサービスはそれを前提とし「メンテナンスを気にせず生活を楽しんでもらおう」という一歩先の思想のもと、作られているように見受けられます。
注目すべきはラウンジ〜サードプレイス、親子の遊び場、そしてコミュニティ作りの場~
NIOがすごいのはアフターサービスだけではありません。
NIOは各地にショールームと併設された「NIO HOUSE」というラウンジを持っています。
ここは、入り口がロックされており、専用のカードキーを持ったNIOのカーオーナーしか入ることができません。
中には、コワーキンスペース、カフェ、ミニ図書館、キッズスペースなどがあり、自由に使うことができます。またキッズスペースでは親子向けイベントも頻繁に行われており、どこかに出かけてちょっと休憩にここに寄っても良いですし、子どもとの時間を過ごすために親子イベントに来ても良いのです。
「NIO House」内のキッズスペース(筆者撮影)
内装はシンプルかつ高級感があり、NIOオーナーしか入れないということもあって特別感があります。筆者も何度か見学に行ったことがありますが、カフェで使われるコップひとつとっても洗練されており、とても気持ちの良い場所でした。
「NIO House」内のコワーキングスペース(筆者撮影)
そしてここに来れば「NIOを所有している人」、つまり、自分とある程度近い生活レベルやライフスタイルの人と出会うことができます。またNIOのアプリにはSNS機能もあり、そこでNIOユーザとつながることもできるのです。オンライン・オフラインともにNIOコミュニティを作る仕掛けがあるといえます。
アプリで高頻度で接点を取りつつロイヤリティ醸成
アプリについてもう少し詳しく見てみましょう。
先述のSNS機能では、NIOのカーオーナーたちが日常の写真や、NIOで行った場所の写真、「NIO House」で仕事をしている写真などをアップしています。「NIOってカッコ良い」というロイヤリティ意識や帰属意識を醸成する意図もあるでしょう。
NIOのカーオーナーが投稿している写真(NIOのアプリより)
先述のNIOのラウンジ「NIO HOUSE」で行われるイベントのお知らせもあります。
また、毎日アプリにチェックインするとポイントが貯まります。チェックインは一日1回しかできないので、ポイントを貯めるには頻繁にアプリを開く必要があります。
アプリを開けば、ポイントを貯めるためのチェックインだけではなく、SNSやイベント情報など他の情報も目に入る可能性もあるので、高頻度で接点を取ってエンゲージメントを高めていく、うまい仕組みだといえるでしょう。
貯まったポイントは、アプリ内のECサイト(ショッピングサイト)でおしゃれな日用品やNIOグッズを購入したり、「NIO HOUSE」のカフェで飲み物を買うのにも使うことができます。
NIOのショッピングサイト。おしゃれな日用品やNIOグッズを購入できる。水色の文字が必要なポイント数。
ポイントではなくお金でも購入は可能。(NIOアプリより)
ちなみに取り扱われているNIOグッズは皆なかなかおしゃれで、扱われているラインナップもパーカー、Tシャツ、カーディガンなどの洋服に始まり、カバンや筆記用具、コーヒーカップにグラスなど、多種多様です。店舗でもいくつか販売されており、筆者も何度か店舗を訪れているうちに思わずスマホケースを購入してしまいました。
筆者はNIOの車を持っているわけではありませんが、おしゃれなNIOグッズを持ち、身に着けることがステータスとなり、ロイヤリティ醸成につながることを身をもって感じています。
ショールームで販売されているNIOグッズ(筆者撮影)
ロイヤリティ醸成の先に〜NIOユーザが店舗スタッフに~
さらに驚くべきは、ショールームのスタッフの一部はNIOのカーオーナーが務めていることです。彼らはボランティアで接客をしており、店舗によってはボランティアの顔写真が店舗の目立つところに貼られていたりもします。
店舗だけではありません。
2019年の上海モーターショーでも、NIOのブースではNIOのカーオーナーがボランティアスタッフとして活躍しました。
2019年の上海モーターショーにて、NIOのブースでNIOのカーオーナーがボランティアスタッフとして説明をする様子(公式weiboアカウントより)
NIO側としては、実際にNIOを持っている人に説明してもらった方がNIOの車の魅力が良く伝わります。またユーザ側としては、好きなNIOのスタッフを出来るということはむしろ光栄なことなのでしょう。スタッフとしてNIO側の立場に立つことで、よりNIOへのロイヤリティも向上します。それはNIO側にとっても喜ばしいことです。
従来のメーカーの域を超え「ライフスタイル」を提供する取り組み。存続がかかる今後の動向に注目
NIOはもはや従来の「メーカー」の域を超えたサービス提供を行なっているといえるでしょう。
NIOは「車」を提供しているのではありません。また「移動」だけを提供しているわけでもないのです。NIOの車を入り口とした「会員制サービス」で快適なライフスタイルを提供し、顧客ロイヤリティを高めています。
ただ、とても目新しい取り組みではあるものの、NIOの業績は厳しい状況です。2019年通期の売上高は前年比58%増の78億2500万元(約1,200億円)でしたが、純損失も109億2200万元(約1,680億円)と、前年より22.4%増加しています。
参考:
テスラを追う中国EVメーカー「NIO」が決算発表 通年損失1600億円超 黒字への道険しく
新型コロナウイルスの影響もあり、今年はさらに苦難の年となる可能性が高いです。
NIOは車メーカーの新時代のモデルケースとなれるのでしょうか。今後の動向に注目です。