「アプリ外決済」の現在と展望、バランスの良い規制のあり方と取り組みの繊細さ【公正取引委員会に聞くスマホ新法・後編】

河崎 環
河崎 環
2025.12.09
「アプリ外決済」の現在と展望、バランスの良い規制のあり方と取り組みの繊細さ【公正取引委員会に聞くスマホ新法・後編】

目次

2025年12月18日の全面施行を待つ、スマホ新法(正式名称「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」)。GAFAM台頭や世界的なスマホ普及の加速と時を同じくする7年がかりの検討を経て、米国を中心とした巨大IT企業、いわゆるビッグテックによる市場寡占の問題を解決し、スマホアプリ市場の健全な競争を促進するために新ルールを定めたものです。

これにより、私たちユーザーの選択肢が増え、日常的に利用しているアプリの利便性が向上するとされていますが、具体的にはどのような変化が起こるのでしょうか。スマホ新法の立法策定で音頭を取り、施行後の運用と執行を担当する行政機関である公正取引委員会(以下、公取委)事務総局 官房参事官(デジタル担当)・鈴木健太さんに、お話をうかがいました。

※前編記事はこちら⇒「市場の健全な競争は、10年単位での動きも見て考えていくべきもの」スマホ新法施行への道のりと未来【公正取引委員会に聞くスマホ新法(前編)】

「アプリ外決済」、何が問題とされてきたのか

公正取引委員会事務総局 官房参事官(デジタル担当)・鈴木健太氏

スマホ新法は、特定の企業によるアプリ配信の寡占状態や決済手段の制限の問題を解決し、消費者の選択肢の拡大、競争とイノベーションを活性化させることが大きな狙い。「モバイルOS、アプリストア、ブラウザ、検索エンジンの4種を“特定ソフトウェア”とし、各ソフトウェア(検索エンジンにおいては検索エンジンを用いた検索役務)の月間平均利用者が4000万人を超える企業を指定事業者として規制対象とするものです」(鈴木氏)。

この指定事業者というのが、誰もが知る米国のビッグテック、Apple(およびその子会社であるiTunes株式会社)とGoogleだ。私たちエンドユーザーが日常的に利用している巨大プラットフォームに組み込まれた、他の事業者が参入しづらく利益を上げづらい仕組みとアプリストアに関する手数料の高止まりが、スマホ新法によって解決されようとしている。

米国の巨大IT企業が自分達の技術を利用して市場で競争制限的な行為を行っているのではないか、とは、2010年代から世界でも断続的に持ち上がる指摘であった。「日本国内でも公取委へそのような声をいただくことが多くなり、2018年頃から問題が検討されてきました」と、鈴木氏はスマホ新法立法へつながった背景を解説する。

米国内では2020年以来、競争法(反トラスト法)規制当局である米連邦取引委員会(FTC)と司法省がビッグテック5社への規制姿勢を強めており、Google、Apple、Amazon、Meta(Facebook)、Microsoftの、いわゆるGAFAM全社が当局との訴訟を抱える現状となっている。

また、以前からビッグテックの市場支配に対して危機感を強めていたEUでは、支配の抑制と公正な競争環境の実現を目的として、2024年3月からデジタル市場法(DMA)を全面適用し、GAFAMを含む7社23サービスを対象に規制を開始した。

このように世界的な規制トレンドの中、特にスマホアプリに関しては“アプリ外決済”が大きな争点のひとつとなってきた。画期となったのはいわゆるFortnite裁判で、世界的な人気を博すゲーム「Fortnite」を提供するEpic Gamesが巨大ゲームプラットフォーム事業者であるAppleを提訴したものだ。

これまでApp StoreやGoogle Playといったアプリ配信プラットフォームを経由してゲームを購入したユーザーは、購入やゲーム進行の課金を行う際にアプリ内ではAppleやGoogleの課金システムの利用を余儀なくされ、その購入額のうち30%がアプリ開発者(ゲームの会社)ではなくAppleやGoogleの収入となるのが通例だった。またアプリ開発者に対し、アプリ外でのより安価な購入情報や決済方法を知らせたり誘導したりすることを禁止するアンチステアリング条項が存在し、開発者もユーザーも、ともにプラットフォームへ支払う高額な手数料を回避することができなくなっていた。

強制的な手数料徴収はユーザーの利益を損なうばかりか、ゲーム開発のコストとなって開発者を圧迫し、市場における健全な競争を阻むとして、Epic GamesはAppleとGoogleを提訴。2025年4月にAppleに対し歴史的な勝利を収め、App Storeではアプリ外決済手数料はゼロへ。同年11月に和解プロセスに入ったGoogleのPlayストアでも手数料率低下やストア自体の改革へつながっている。

サードパーティーによるアプリストア解禁、アプリ内での決済方法の選択肢の拡大とアプリ外決済解禁、手数料率はどうなる?

公正取引委員会事務総局 官房参事官(デジタル担当)・鈴木健太氏

先行して、EUでもSpotifyがApple Musicを優先するAppleを競争法違反で提訴し、Appleに巨額の制裁金が課された。これらを契機として、欧米を中心とした地域のスマホの中ではアプリ外決済が可能、または決済方法の選択肢が広がる結果となっている。また、公式アプリストアの“しばり”にメスが入り、AppleでもGoogleでもない第三者によるアプリストアからの購入やダウンロードが可能となった。

日本のスマホ新法が可能とするのは、まさにこのサードパーティーによるアプリストア解禁、アプリ内での決済方法の選択肢の拡大とアプリ外決済解禁、そして開発者のためのOS開放であり、ユーザーにとっては選択肢の拡大と、今後のサービス価格が割安になる可能性が生まれ、アプリ開発者にとっては開発コストの圧縮や収益向上、新規ビジネス参入の道が開けることになる。

立法が2024年6月、全面施行が2025年12月ということで、日本のスマホ法は米国の規制当局の法執行や欧州DMAの後追いなのではないか、との誤解に対し、鈴木氏は「もちろん海外当局とも情報や意見交換はしていましたが、日本のスマホ新法は内発的なもの。世界が同時進行で動いていたのです」と説明する。

手数料率は海外と歩調を合わせるのか、との質問にも、「私たちは何%という単純な数字自体にはフォーカスせず、あくまでも利用者の利益のため、サードパーティーによる市場への自由な参入と彼らの競争を妨げないという観点から、手数料率を含めた条件について、個別の状況に応じて指定事業者と議論していきます」と、鈴木氏の回答は日本の規制当局独自のバランス感覚を維持する。

ユーザーに選んでもらえるような新しい決済手段の選択肢が増え、決済手数料が低ければ開発コストが改善され、最終的にはユーザーにも還元される。そういったポジティブなサイクルを促していくために、施行後も引き続き指定事業者の対応を注視し、法律の運用を踏まえて、必要とあらば法律の内容を見直していきたいとの考えだ。

規制によってセキュリティリスクは生まれないのか

公正取引委員会事務総局 官房参事官(デジタル担当)・鈴木健太氏

日本でもスマホ新法が施行されるにあたり、アプリの商品やサービス価格が安くなることへの期待や、新規参入の可能性へ期待する声があると同時に、アプリ外への誘導が解禁されることで「詐欺サイトに飛ばされるのではないかという懸念の声も聞こえてきてはいる」(鈴木氏)という。

「ユーザーのプライバシー情報が盗まれないか」というようなセキュリティに関する不安や懸念は、決して根拠のないものではない。実際、Appleは欧州DMAによる厳格なOS機能の開放義務等に対し「欧州委員会は、欧州のユーザーのプライバシーとセキュリティを損ない、ユーザーが愛用する、我々Appleの高度に統合されたユーザーエクスペリエンスを脅かすものだ」と強い反発を示し、さらに「Appleに対して、自社の知的財産を(コピーすることを唯一のビジネスモデルにしているような)競合他社に無償で提供することを強いる」「重要な個人情報を引き渡すことを強制している」と公式の声明で批判を繰り広げている。

また、Appleが「(欧州DMAの要求に応じて再設計の追加作業を行うことは)ユーザーエクスペリエンスを著しく犠牲にする」と予告した通り、サービスの提供に遅延が生じるなど、現在、EUにおいてはiPhoneの機能が一部制限される結果となっている。

日本の規制当局である公取委としては、AppleやGoogleの技術開発コストと知的財産権の適切な行使に対して配慮をしており、かなり現実的であることが有識者にも評価されている。セキュリティに関する不安については「そこはまずは指定事業者の側でしっかりと対応してもらいたい部分ですので、仮に問題がある決済手段やアプリ、WebサイトがあればAppleやGoogleが必要な措置を行い止めてもいい。そのような行為は正当化事由として法律上も容認されます。優先されるべきは、スマートフォン利用者の利便性や安全・安心の確保と競争の促進との両立です」と、鈴木氏も柔軟な姿勢を示す。

たとえばユーザーに向けて「この先のサイト接続にはリスクがあります」などと示す警告表示などは、殊更な中身や方法次第では問題になることもあるが、ユーザーへの正当な注意喚起であれば「妨げる」ものとは見なされない。

「我々が健全な競争の先に望むものは、新しいアイデアや、割安で質の高いサービスの提供です。品質面でも価格面でも良いものが出てくるのではと期待しています。新規参入のアプリストア事業者も、きちんとした安全な企業に入ってもらいたいというのは、指定事業者も我々も同じ思いです。現在の2社によるアプリ内決済などを信頼し、使い続けるのもユーザーの自由。選ぶのはユーザーですから」(鈴木氏)

現在、アプリ開発者がアプリストアへアプリの配信と掲載を希望する際には、各アプリストアによって開発者の事業規模や財務状況等が審査され、配信されるアプリが極めて限定的になる高い水準を設定されているとの指摘もある。

鈴木氏は「公取委の権限は事業者に対して“価格”を決めるものではないので、ご相談をいただいて実態として競争や新規参入を妨げていると判断される水準であれば我々は介入はするものの、我々から具体的な数字を示すことはありません」と説明。高度な情報技術分野で現実に進行するイノベーションを阻害しない、バランスの良い規制のあり方と取り組みの繊細さも感じさせられた。

 “バランス型”とも評価されるスマホ新法、米巨大テック企業の反応は?

公正取引委員会事務総局 官房参事官(デジタル担当)・鈴木健太氏

2024年3月の全面適用後、欧州DMAに基づいて、欧州委員会はAppleとMetaに制裁金を課したが、Appleは訴訟を提起し、新たな追加手数料の徴収を始めるなど、規制への“迂回行為”も見られる。また先述のように、iPhoneの一部機能制限も発生している。DMAはきちんと機能し、健全な競争が起きていると言えるのだろうか。

「まだ1、2年ということで、EUのDMAの評価はこれからです。EUでもアプリストアなどは新顔が出てきましたし、手数料の低下も見られます。日本でも急激な変化を起こすのはなかなか難しい面がありますが、新しい企業が参入していける環境を整備するために、指定事業者としっかりと対話をしていかねばなりません」(鈴木氏)

日本のスマホ新法は日米の通商交渉の文脈でも強い関心を持たれ、政治的な抵抗の気配もゼロとはいえなかった。しかし公取委は全面施行に向けてApple、Googleの2社と緊密な対話をしており、競争促進と消費者の利便性を大切にしながら企業の知的財産権にも配慮する、 “バランス型”とも評価されるスマホ新法をもとに、具体的な運用を進めている。

10月下旬、米国ホワイトハウスが発表した日米関税合意に関するファクトシートにも、スマホ新法の運用方針が明記されている。鈴木氏は「しっかりと運用してくださいとのメッセージだと受け止めています」と新法への静かな自信をのぞかせた。

※本記事は2025年11月11日時点の情報です。

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