顧客から選ばれるには、“企業目線”ではなく、顧客の利益を優先し、気持ちや行動に寄り添っていく“顧客目線”なマーケティングの実現が必要です。
2015年より、三井住友カード株式会社(以下、三井住友カード)は顧客目線のマーケティングへ大きく舵を切りました。しかし、今までと違う施策を実施するには、「メンバー間の信頼関係」が重要になるはずです。
そこで、上司・部下の関係にあたる原央介さんと福田保範さんに、顧客目線のマーケティング実現に作用する、お互いの関係性について伺います。今回は“部下側の視点”として、福田さんにオンライン取材を行いました。
中途社員の発想や、会社に対して抱く疑問を尊重してくれる
――福田さんはデジタルマーケティング支援企業から三井住友カードに転職されています。現在の業務内容について教えてください。
福田氏(以下、福田) お客様とのコミュニケーションを設計し、そのうえで必要なコンテンツの制作やSNS・オウンドメディアの立ち上げ、Web広告の最適化などを担当しています。
中途入社してから複数のチームに携わってきましたが、原は認知・想起を最大化するチームに在籍していたときの上司で、いちばん長く一緒のチームで取り組みました。
2020年2月からは、菊池 がリーダーを務める新規カード獲得チームへ移りましたが、認知想起と獲得は一連する活動なので、今も両チームの案件に関わっています。
――原さんのチームには、いつからジョインしたんですか?
福田 2017年頃です。コンテンツマーケティングのオウンドメディア、公式SNS、対話型メルマガ「三井住友カード・チャンネル」の企画・立ち上げ、キャンペーン設計、会員向けの読み物コンテンツなどを担当しました。
福田さんが携わってきた企画の数々
原は“圧倒的なパッション”と“推進力”を持ち合わせた上司。新卒からずっと三井住友カードだけで働いているとは思えないような“型破りな考え方”を持っているんです。
それに、性格診断で私と同じ結果が出るほど、考え方が似ていて……(笑)。根本のスタンスが同じだからこそ、私のような中途社員の発想や会社に対して抱く疑問を尊重してくれるんだろうと。
とはいえ、私からの提案でNGだと思えばハッキリ言ってくれますし、「こう調整すれば、社内理解を得やすくなる」と会社に長くいるからこそ分かる視点でフォローしてくれる。そのおかげで、中途入社でも面白いアウトプットをいくつも生み出せました。
現在、所属するチームの上司・菊池は、また別のスタンスです。一人ひとりの体力や気概などのバイタリティを尊重しつつ、「このような目標を達成したい」とビジョンを伝えながら仕事を任せることに長けています。私への信頼も感じながら、気持ちよく仕事をしています。
タイプの違う素晴らしい上司に囲まれて、良い部分を吸収できる。だから、いずれは私が誰よりも最高の上司になれるんじゃないかな、と思っています(笑)。
“口下手”を打破して「サービスの魅力」を周りに伝える
――福田さんはこれまで数多くのマーケティング施策を実現されていますが、それらを実施するときに心がけていることを教えてください。
福田 「すべての施策を顧客目線で」と考えています。その一例が、三井住友カードの公式Twitterの立ち上げ。当初は「同僚からお菓子をもらった」など日常で起きたゆるいツイートが中心で、企業や商品情報はたまにつぶやく程度でした。
そうしたのも、「Twitterでクレジットカードだけのことをずっと発信しても、お客様としてはつまらないだろう」と思ったからです。
――従来と伝え方を変えたのはなぜでしょうか?
福田 根本にあるのは、「良いサービスでも、相手に伝わらなければ無いのと同じ」という思いです。三井住友カードには高いポイント還元率やキャッシュバックなどのお得なサービスがたくさんあります。
にもかかわらず、「口下手」なところがあって、その魅力をお客様にうまくアピールできていないんですよ。
――たしかに、良いサービスを用意しても、それが伝わらないと顧客に使ってもらえませんよね。
福田 はい。しかも、自社サービスへ自信がない社員が多くて……。長年勤めていると、会社の良さに気づきにくくなってしまうのかもしれません。
ただ、「こんなに良いサービスなんです!」と押し付けがましく伝えれば、商売っ気が出て嫌がれてしまうので工夫が必要です。
――どのようなプロセスを踏めば、うまく伝えられるのでしょうか?
福田 まずは、企画担当者が自社サービスや商品のすべてを理解することでしょう。私は転職直後にコンテンツマーケティングを立ち上げた際、会社のサービスを徹底的に調べました。それで、「こんなに良いサービスがたくさんあるんだ」と自信を持てるようになったんです。
私は日頃から、マーケティングを支えてくれる代理店やベンダーに、自社のサービスや商品について説明する「ひけらかし勉強会」を開催しています。すると、そこに参加してくれた人が「このプロダクトとサービスを組み合わせると強い訴求になる」など、今まで気づけなかったことを伝えてくれるんです。
アウトプットに至るプロセスは違っても、同じ気持ちでゴールに向かう
――「口下手な状態を克服する」といった発想は、やはり長年いっしょにチームを組んでいた原さんと同じ考え方なのでしょうか?
福田 いや、そこは多分違うんですよ。原は「新たな施策を世の中に出すこと」については共感してくれるし、最終的なアウトプットは近いんですが、そこに至るまでのプロセスは、少し異なると感じていて。
原は綿密に計画を立ててから進める“論理先行型”で、私は思い立ったら即行動の“情熱先行型”。だから、原とは何回も兄弟のように喧嘩しました(笑)。
――同じチームになった当初から、そんなふうに言い合える関係性だったんですか?
福田 何よりも原のことを「きちんと話を聞いてくれる上司だ」と感じているからでしょう。
「会社のルールはこうだから」「それは危ないんじゃないか」などと慣習やリスクの観点でNGを出されると、意見するのが嫌になってしまう。けれど、原はそうじゃない形で話を聞いてくれるから、「言ってみよう」と思えるんですよね。
――部下の意見を受け入れる姿勢が伝わる上司だと、意見を言いやすくなりますよね。ベンダーから転職された福田さんだからこそ出せるアイデアがあると思います。原さんとアウトプットが同じになるのは、なぜだと思いますか?
福田 お互いに「事業貢献したい」「世の中を驚かせる新しいことを生み出したい」という想いがあるからでしょうか。
また、「今までどおりではいけない」という危機感も共有できているからこそ、「こういう理由で、こういう気持ちで新しいことをしたい!」と伝えたときに、原は「分かった、やってみよう!」と言ってくれるんだろう、と思います。
――お二人は根本的に同じような考え方をお持ちなのですね。では、「現状を大きく変えるようなアウトプットをどんどん出していきたい」と思われているんですか?
福田 そうです。アウトプットを出すとき、原はタイミングを見計らうのが得意なんですよね。例えば、私が「公式Twitterを立ち上げたい」と提案しても、そのGOが出たのは1年後の話でした。
中途入社の私にはなかなかつかめないけれど、原ならば分かる社内のタイミングがあったのでしょう。実際、立ち上げてからの推進は非常にやりやすかったですから。
福田さんが上司たちから学んだ、「4つのリーダーシップ」
――福田さんご自身、チームリーダーとしてメンバーを率いていらっしゃる立場です。そのとき、何を意識していますか?
福田 4つあります。1つ目が、とにかく任せること。前職の上司だった山本崇博さん(現:株式会社ヤプリの執行役員兼CMO)や、今の直属の上司である菊池の“うまく任せる”というマネジメントが素晴らしいなと思っていて。
“ただ単に部下に任せる”だけだと、上司は「部下が自由に行った仕事の結果について責任は負わない」という放任のスタンスになってしまう。だから、上司は部下の提案を結果が出るようにチューニングしつつ、責任は一緒に取る。これが“うまく任せる”ことだと思うんです。
2つ目が、とにかく楽しく。一度きりの人生なので、メンバーにはパッションを持ちながら、「世の中に誇れる仕事」に楽しく取り組んでほしくて。だから、プロジェクトを始める前、「最終成果として世の中に発表できる仕事をしよう」とメンバーには言っていますね。施策について取材してもらったり社内で賞を獲ったりすれば、その施策に関わった全員が「この仕事をして良かったな」と嬉しくなりますから。
――そのような心持ちで仕事に臨めば、アウトプットの質が変わりそうですね。3つ目は何でしょうか?
福田 3つ目は「平等」です。代理店やベンダーを絶対に下に見ないでほしい。受発注の関係があると、事業主は上から目線の物言いになりがちです。特にWeb広告など広告関連のパートナーには、「明日までにやっておいて」などと強い口調になりやすい。
そうではなく、同じ立場で仕事しながら、ベンダーの人にも「このプロジェクトは人生において良い瞬間だったし、成長できた」と思ってもらえるのが好きなんです。
上司と部下でも、自由に意見を言い合えなかったり、上司が部下の成果を自分のものとして見せたりするのは嫌いです。
最後の4つ目は、最新情報を収集し、新しいことをする。年に何回かは絶対に新しい施策をしたいので、周りに協力をお願いして情報をたくさん集めています。
顧客目線のマーケティングには「上司の覚悟」が不可欠
――三井住友カード様のように、顧客目線のマーケティングを実施しやすい組織には何が必要だと思いますか?
福田 2つあります。1つ目は、熱意を持った専門的なスタッフがいるかどうか。中途入社したとき、周りからしてみると突然きた私が何をやっているのか理解しがたかったらしく、半年くらいは社内の協力が得られにくくて。その逆風のなかで、「新しい施策をどんどんするために、社内の協力者を増やしたいのであれば、自分の持つ専門知識で成果を出す必要がある」と実感しました。
さらに、担当していたコンテンツマーケティングの結果が出るまでには8カ月間かかったので、その期間を耐え抜く“熱量”と“プライド”が必要だとも痛感しましたね。
2つ目は、上司に恵まれているかどうか。転職前、あるベンダーの人から「転職するときは、転職先のサービスを愛せるかどうかと、信頼できる上司がいるかどうかに気をつけたほうがいい」と教えてもらって。信頼できる上司が1人もおらず、孤独になってやりたい施策を一つもできないまま辞める人が大勢いますから。
――実際に転職してみて、そのことを実感されましたか?
福田 はい。もともと中途採用の面接で、佐々木丈也部長(現:マーケティング本部長 執行役員マーケティング統括部長)にお会いし、「この人だったら新しいことをさせてくれそうだな」と感じて入社を決めたんです。社内からの逆風を感じていたときも、佐々木部長だけは「周りに何を言われても、とりあえずやってみろ」と私の味方でいてくれました。彼がいなかったら、精神的にきつくてすぐに辞めていたかもしれません。
上司が覚悟と責任を持ってあげたら、転職直後で気合いの入っている中途入社の部下は頑張れる。にもかかわらず、その覚悟がないせいで「リソースが足りないから」と既存の業務や雑用をさせてしまう。本当にもったいないことです。
――最後に、大手事業会社の現場リーダー層のマーケターに、「よりよいマーケティング実現」という観点からメッセージをいただけますか?
福田 今、業界を牽引しているのは顧客のことを考えている企業だけです。だからこそ今後は、顧客とより徹底的に向き合うマーケティングが必要でしょう。
新型コロナウイルス騒動で、世界は変わってしまいました。事業会社のマーケターには「変化した世界」を十分に考えた上で、お客様が良い気持ちになったり、不安が少しでも解消されたりするアプローチが求められます。
企業規模が大きかったり経営層がレガシーな考えを持っていたりするほど、急な変化への社内理解は得にくいでしょう。
そのとき、現場リーダー層のマーケターは「最後まで責任を持ってやり切る覚悟」を持ちながら、社内を粘り強く説得して、顧客と向き合うマーケティングをしていかなければいけないと思います。
(執筆:流石香織 編集:鬼頭佳代/ノオト)
上司編:原さんのインタビューはこちら
※本記事に掲載されている取材内容、プロフィール等の情報は、2020年6月17日時点のものです。