顧客から選ばれる企業となるため、全社で顧客体験を軸としたデジタル施策に注力し、大きな成果をあげている三井住友カード株式会社(以下、三井住友カード)。同社では、あらゆる事業のなかでデジタルを活用しつつ、マーケティングの効果を高めようとしています。
前編では、マーケティング統括部の福田保範さんに“部下側の目線”から、顧客視点のマーケティング実現に作用する「上司と部下の関係性」について伺いました。今回は、統合マーケティングの旗振り役で、福田さんの上司にあたる原央介さんに“上司側の目線”について、オンライン取材を行いました。
「エンゲージメント」につながる施策へ挑む
――原さんは2002年に新卒入社され、現在はマーケティング統括部でグループマネージャーを務めていらっしゃいます。業務内容について教えてください。
原さん(以下、原) デジタルコミュニケーションの領域で、主にお客様と外部チャネルの接点をつくることです。特にお客様とのエンゲージメントの深化を重視しています。
テレビCMやWeb広告での発信や、SNSや読み物コンテンツなどを通じて、キャッシュレスに興味を持っていただき、お客様との初期接点からカード入会後の継続的な関係性の構築に携わっています。
カード会員のお客様が自ら外部メディアに良いレビューなどを投稿していただき、その情報をきっかけに弊社のことが世の中に広がることで、そこからまた新たなお客様との関係性が始まる、こういった循環をつくることがゴールですね。
――そのようなご担当のもとで、顧客目線の施策を数多く手がけていらっしゃいます。「顧客とエンゲージメントが深まった」と感じた施策例を教えてください。
原 キャッシュレス化を加速させるための新たなブランディングキーメッセージ「Have a good Cashless.」を掲げたプロジェクトです。社内横断のプロジェクトチームのメンバーはもちろん、チームのディスカッションで具現化した我々の想いをカタチにしてくれたクリエイターのおかげもあり、市場から大きな共感を得られた実感があります。
「Have a Good Cashless.」の認知向上や視覚へのアピールとしてはテレビCM、興味・関心を持っていただいた方への訴求としてはブランドサイトやキャッシュレス関連の読み物コンテンツ、動画広告等を配信した。
当時、同じチームのメンバーだった福田と一緒に、共感を生むための公式SNSの運用を立ち上げ、既存会員向けのコンテンツマーケティングが充実してきたのもこの時です。
結果、多くのお客さまが日常で何気なく使っていた「お金」について考える機会を持たれ、
「キャッシュレスの本質的価値」に気付いたうえで、カードをお申込みいただいたと感じています。
――「Have a good Cashless.」のプロジェクトで、興味・関心層に対するアプローチはどのように考えたのでしょうか?
原 消費増税とキャッシュレス消費者還元事業が始まる2019年10月に照準をあわせてコミュニケーション戦略を立案しました。事前の調査から日本には現金主義や現金信仰といった考えが根強く残っていることが明らかだったため、マス広告を大々的に展開してしっかり認知を取ったうえで、興味・関心層にはじっくりと理解を深めるアプローチが必要と考えました。
具体的な打ち手としては、検索行動に移られた方たちに対しては、マス広告と連動したブランドサイトでしっかりとステートメントを伝える、「キャッシュレス」のワードでSEO対策した読み物コンテンツでちゃんと受けて理解してもらう。一方、検索行動に移られない方たちについては、キャッシュレスを丁寧に解説した記事広告やファクト訴求の動画広告、4コママンガを配信して分かりやすく伝えるよう努めました。
獲得を急がず、顧客に寄り添ってコミュニケーションを設計することで、当社の考えるキャッシュレスの価値について理解を深めていただけたのではないかと思っています。
新たなチャレンジのために、中途社員を含めた「多様な意見」を受け入れる
――企画の源泉となる考え方はありますか?
原 私が企画を立てるときの基本は、「まずやってみよう」かつ「金融業界の企業がやっていないことをやろう」です。
世の中に様々なサービスが溢れる昨今、お客様にとっては業界なんて関係ありません。さまざまな企業のサービスを体験し、無意識のうちにUI/UXを比較しています。要するに同じ業界のサービスだけを見比べても仕方ないんです。だから、アンテナを高くしてあらゆる企業の施策を吸収して、自社に当てはめて何ができるかを日頃から考えるようにしています。
直近では、女性のお客様との接点を増やすため、公式Instagramを立ち上げました。投稿内容は、保存機能を使いたくなるようにイラストを活用した「お役立ちTIPS」です。
三井住友カード公式Instagram
実際に成功するかどうかは、やってみなければ分かりません。だから、まずはやってみる。業界内で最初に成功できれば、大きなバリューになりますし、社内で理解されることにもつながります。
ただ、重要なことは、「施策をやりたい、成功させたい」というパッションと、「これならやってみてもいい」という社内理解を得るためのロジックです。
理由もなく、「やってみたい」「やってみなければ分からない」でお金を使って施策を実施できるほど会社は甘くないですよね(笑)。
――金融業界は他の業界と比べると他業種から転職するにはハードルが高いイメージもあって、新卒入社の人が他業界の事例を見るような考え方にはなかなかなりそうにありません。
原 そうだと思います。ですので、そういうときこそ、「こういうことがしたい!」「マイナスな部分を変えたい!」とパッションを持って違う視点から意見してくれる“中途入社メンバーの意見”が参考になるんです。
ベンダー企業から転職してきた福田も「このサービスは絶対にウケます。発信してみないとわからないじゃないですか!」と伝えてくれました。
福田にはそういうパッションがありますし、思っていることをいい意味で遠慮なくぶつけてくれるので、仕事がしやすいです。ビジネスにおける「対等な関係」と言えるのかもしれません。
――上司に忖度しすぎずに思ったことを言ってくれるから、会社の良さを生かした新しい企画が生まれやすいのでしょうか?
原 そうですね。明らかに違うと思った提案は却下しますが、足りないのであれば、上司側がサポートして進めればいいと思っています。
福田とは今までのキャリアも専門性も違います。ベースの考え方が違うからこそ、我々が思いつかない提案をしてくれる。そこで、福田の言っていることがお客様にとってどうかと考えると、「なるほど、そこは自分には見えていなかった」と思わされることがあるんです。
ただ、それは受け手である上司側の考え方によって変わるでしょう。仮に私が「いやいや、事業会社、カード会社はこういうものだ。金融もまだ分からないくせに」と返してしまうような対応をしていれば、いいものは何一つ生まれなかったかもしれません。
――「中途入社メンバーの意見も柔軟に取り入れよう」という考え方をお持ちなのは、何かきっかけがあったんですか?
原 6年前に、ビジネススクールに参加したことですね。入社して10年が経ち、自分も成長して一定評価してもらえるようになっていた反面、刺激がなく、「このままでは絶対によくない!」と思っていたんですよ。
しかし、ビジネススクールでは、業界やポジション、これまでのキャリアも価値観も全く違う人たちとディスカッションしたのが新鮮で楽しくて。そこには利害関係がなくみんなフラットで、それぞれの意見を柔軟に受け入れる環境があって心地よかった。自分の思考のクセにも気付くことができましたし、多様性と受容性について考えるようになりました。
その後も、「自らの意思を持って学び続けていく必要がある」と感じ、外の世界に出ることを心がけています。金融に関連するセミナーだけでなく、スタートアップ企業のセミナーやNPOのイベント、ボランティアにも出かけるようになりました。
――そのようにして、多様な考え方をどんどんインプットされているんですね。
原 最初は言葉通り、手当たり次第でしたけどね(笑)。ただ、続けていくと社会のことや自分の興味関心が次第に分かってきて、興味を持ったことには探究心が湧いて、さらに詳しくなれます。
一方で、インプットしたあとは、それを実際にやってみたり、自分の考えを発信したりしてみるなど、「アウトプットしなければ自分のものにならない」と強く感じています。実際にやってみて「こういう結果になるんだ」と経験することで、自分のパーソナリティがつくられていくと実感しています。
積極的なアウトプットのためにも、社外での講演は原則引き受けるようにしています。ちなみに「エバンジェリスト」の肩書きは、健全なキャッシュレス社会を実現に向けて、常に意識して行動するよう自ら名乗っています。今日来ているTシャツは社外向けですが、社内研修のときにはエバンジェリストの文字を入れたこのTシャツを着て講演しています(笑)。
オンライン取材の様子。オリジナルのエバンジェリストTシャツを見せていただいた。
――最高です(笑)。このようなお考えは、原さんのマネジメントの基礎にもなっているのでしょうか?
原 そうかもしれません。みんなそれぞれ個性があって、思考の型も違います。メンバーが提案してくれた企画には背景があります。それを聞かずに却下したり、「いや、それはこうだよ」と自分の考えを押し付けたりしては、メンバーの持つ個性や伸びしろを潰す可能性があります。会社やお客様にとってよいことは何か、必ずしも自分が正しいことはありませんし、アプローチは必ずしも一つではありません。対話からメンバーの考えをしっかりと紐解くことを心がけています。
主張型の福田とは、しょっちゅう意見をぶつけ合っていますが(笑)。
――原さんのように意見を受け止めてくれる上司がいたら、部下は自分の考えを言いやすいと思います。
原 そう感じてもらえると理想ですが、一方で、知識や経験がなかったり、意見を出すのに慣れていないメンバーだったりすると、はじめは「どうしたらいいですか?」と聞いてきます。上司はそれを放置するのではなく、最終的な期限や成果物のイメージはちゃんと持ちながら必要なインプットをして、部下が自分の頭で考えられるように導いてあげることが大切です。
そもそも結果の良し悪しって、実際にやってみないと分からない。だから、行動した先にある答えは、上司ではなく考えたメンバーそれぞれがしっかり持っていればいいかなと。そのとき上司は、必要な情報を与えた上で、「社内の理解を得るには、この矛盾はなくしたほうがいいと思う」といったアドバイスすることが必要だと思います。
ロジックを使って「Why(何のために)」をしっかりと掴む
――顧客視点のマーケティングが実施しやすい組織風土は、どこに由来するものだと思われますか?
原 全社に浸透したのは、2017年の中期経営計画で「お客様に寄り添い、(中略)心地よい瞬間をお届けする企業を目指す」という経営ビジョンを掲げたことが大きいと思います。
ただ、それ以前から土台づくりははじまっていました。もともと佐々木(現:執行役員 マーケティング本部長)がマーケティング統括部の前身である「ネットビジネス事業部」の部長の時から、Webを通じて顧客とつながり、コミュニケーションを図っていました。しかし、2016年当時、社内では「オンラインはあくまでも1チャネル」という程度の位置付けだったんです。
ところが、海外のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の事例を収集するうちに、危機感が募り位置づけが変わっていきました。
そこで、「顧客視点」というキーワードで、当時のトップと現場の意見が合致した。そこからネットビジネス事業部を中心に、全面的な顧客コミュニケーションの見直しがはじまったのです。
――海外のDXの流れなどを受けて、「デジタルマーケティングにシフトしていかなければいけない」と危機感を持つ企業は少なくないと思います。金融系の古くからある企業のうち、三井住友カード様がデジタルマーケティングの改革に取り組み、成果を上げてこられた理由はどこにあると思いますか?
原 海外のDXの事例を参考に、当社では「もっとこんなことができるだろう」と施策を発展させていったことでしょうか。
現場から企業を動かすために重要なのは、1つずつ成功事例を作りながら「社内理解を得ていくこと」。新たな施策を行う際、現場は必ずその費用対効果を問われます。佐々木は顧客視点での施策の効果を定量化・可視化し、社内各部と経営層に、それこそ地道にインプットして、社内でのDXの理解を得ていきました。
あわせて社外の有識者の方にご協力いただき、「社内セミナー」を実施したことも理解が進んだことに大きく寄与しました。社外の有識者の方の意見を重視する企業は多いと思います。
――最後になりますが、DXを進めたいと思っているけれど苦労している大手事業会社のマネージャー層のマーケターに、「よりよいマーケティングの実現」という観点からメッセージをいただけますか?
原 繰り返しになりますが、私が考える大事なことは施策を動かす「パッション」と、それを筋立てて説明し社内理解を得るための「ロジック」です。パッションだけでは「KPIはどう達成するのか?」と社内で納得してもらえませんし、ロジックだけでもお客様に伝わらない施策に陥りがちです。
加えて、このロジックに最も重要なことは「Why(何のために)」と考えています。普段業務をしていると、つい「What(打ち手)」から入りがちです。しっかりと目的であるWhyを押さえることが社内の理解だけでなく結果につながります。
また、実行した施策は、人に話したりするなどしてアウトプットしていただきたいですね。自ずと結果を振り返り、説得力のない部分に気づくことができたり、体系立てて整理したりすることで再現性も高まります。
このように、施策を実施する、検証する、アウトプットする。そう新しい成功事例を積み上げることで、自分にできることの幅が自然と広がっていくはずです。私も引き続き、新たな施策に挑戦し続けたいと思います。
(執筆:流石香織 編集:鬼頭佳代/ノオト)
部下編:福田さんのインタビューはこちら
※本記事に掲載されている取材内容、プロフィール等の情報は、2020年6月18日時点のものです。