新型コロナウイルス感染拡大によって経済は大きな影響を受けており、事態の長期化も見込まれています。しかし、このような状況にあるからこそ、正しく今を見つめ、「やがて去る危機」も見据えた準備を始めることが欠かせません。
そこで、業界を代表するマーケターに、リーマンショックや東日本大震災といった過去の経験も踏まえ、私たちは何を考え、どのように行動すべきかを学んでいく企画を用意しました。前編となる今回は、株式会社サンリオ 田口氏、株式会社パルコデジタルマーケティング 林氏に、混乱・不況下におけるマーケターのあり方をお伺いしました。
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株式会社サンリオ 田口 歩氏インタビュー
まずは、株式会社サンリオでチーフデジタルオフィサーを務める田口氏にお話を伺いました。
●大きく影響を受ける業界でも、 オンラインでユーザーとの繋がりを絶やさない
――新型コロナウイルスの流行は、貴社のビジネスにどのような影響を与えていますか?
田口氏(以下、田口) コロナの影響を大きく受けたのが、リテール事業です。3月から一部店舗の休業や営業時間の短縮を実施しながら店舗の営業を継続してきましたが、緊急事態宣言の発令によって更に多くの店舗が休業を余儀なくされています。
――そのような状況下において「今はこれに注力している!」ということはありますか?
田口 サンリオショップ各店舗では、いつ営業を再開してもいいように、また、再開時にはお休み前以上に優れたお客様体験を提供できるように、さまざまな準備をしています。私の直轄部門であるダイレクトコミュニケーション統括部ではオンラインとリアル店舗にまたがった、更なる顧客体験の向上を実現するため新たなデジタルプラットフォームの開発を進めています。
そして、マーケティング本部としてもう一つ力を入れているのは、SNS、オウンドメディアを活用したオンラインコミュニケーションの強化ですね。
――YouTubeでも積極的に動画の配信を行われていますよね。
田口 YouTube の「ハローキティチャンネル」では、ハローキティがサンリオ本社の受付から語りかけてみたり、他のキャラクター達と一緒に登場するなど、様々な工夫を凝らした動画を多数配信しており、ファンとのコミュニケーションを保つ努力をしています。
――なぜ、このような取り組みを推進されていらっしゃるのでしょうか?
田口 コロナ禍による外出自粛により、お客様とのリアルな顧客接点が失われている現状を打開するためです。今まで、サンリオショップでのキャラクターグリーティングやデザイナーサイン会、各種リアルイベントなどでのブランド体験は、サンリオキャラクターとファンの方々のエンゲージメント(絆)強化に欠かせない施策でしたが、現在、長期間においてこうしたリアルな顧客体験の機会が奪われています。
この状態をそのまま放置すれば、ファンとキャラクターの心の距離が離れてしまう恐れがあります。これまでに築いたファンとの絆を絶やさないためにも、今はオンライン上でのコミュニケーションに注力しなければいけないと考えています。
ひとつの例として、「#コロナが落ち着いたらやりたい事を一つあげる見た人もやる」 というハッシュタグを付けられたSNS上の投稿があります。これはサンリオの施策ではありませんが、多くの人々が我慢を強いられている今のような状況だからこそ、こうしたサンリオへの期待を持ち続けてもらえるような情報発信の努力が欠かせないと思っていますし、ファンの想いを裏切らないことがサンリオのブランディングにとって大切であると信じています。
https://twitter.com/saa_mell/status/1246809026945413120?ref_src=twsrc%5Etfw
――「ファンの気持ちを裏切らない」というのは大事ですね。
田口 特に今は世の中が非常に重苦しく暗い雰囲気なので、SNSやメールマガジンを通じて好きなキャラクターからの メッセージや壁紙などのコンテンツを届けることで、ファンの方々が少しでも明るく前向きな気持ちになってもらえればと願っています。こうした取り組みは今後も引き続き強化していく予定です。
●過去からの教訓は “分析”と“迅速果断”
――次に、過去の混乱におけるご経験について、お聞かせください。
田口 リーマンショックが発生した時のことは忘れがたいです。実は、あのわずか3ヵ月前にWebコンサルティング会社の代表に就任したばかりでしたので。
特に頭を悩ませたのが、ほぼ半年間にわたって一切新規案件が受注出来なかったことでした。不況時は、広告などのマーケティング施策からコストカットの対象にされやすく、既存顧客の運用受託による売上のおかげでなんとか事業は存続出来る状況でしたが、新規案件の開拓は急務でした。
――どのような取り組みを進められたのでしょうか?
田口 前提として、業種業態、企業の置かれている状況によって打つべき施策は千差万別なので、まず、自社の状況を冷静かつ客観的に分析することが欠かせないと考えていました。そして、方針や施策が明確に定まったら迅速果断に施策を実行していくことも決意していました。状況が最悪の時に挽回のチャンスはそうそう多くは回ってこないと思えたからです。
当時、考え抜いた末に選んだ方針は、逆風下においても顧客の信頼を勝ちえて案件の受託に結び付けられる高スキル人材を採用するというものでした。当然、親会社の役員からは「この状況下での採用はありえない」と猛反対されましたが、プロフェッショナルサービスを提供するWebコンサル会社としての提供価値を見据えた時、顧客の期待値を上回るサービスを提供することが状況の打開につながると判断しました。
今考えるとかなり「危ない橋」だったとも思いますが、結果として、運よく採用できた人材を通じていくつかの新規受注も獲得でき、状況は大きく改善しました。この経験から、苦しい時ほど自分たちにとって本当に必要なものは何か、逆に必要でないものは何かを見極めることが大事だということを学びましたね。
●コロナショックによる社会構造の変化を見定める
――今回の混乱は、社会にどのような影響を与えると考えていますか?
田口 コロナショックによって、人々は今までよりもより強い ”つながり” を求めるようになると考えています。いつまで続くかはわかりませんが、「social distance」により人々は物理的な接触を制限され、社会の一部からも隔絶された状況にあります。
一方で、人間は本来社会的な生き物です。また、我々は既に SNSのようなオンライン上で容易につながりあうことのできるテクノロジーも手にしています。
ただ、現在の SNS上の “つながり”は未だリアルな人間関係とは遠くかけ離れたヴァーチャルな弱い “つながり”だと思います。東日本大震災後に社会全体に連帯の意識が芽生えたように、今後は「目的や価値観を共有する」人々の集団など、リアルと同期したより強い “つながり”を持つコミュニティがマーケットにおいて大きな存在感を持つようになるのではないかと考えています。
動画を通じて共通のテーマで盛り上がる「オンライン飲み」の流行などもそうですが、テクノロジーの進化がそうした変化を加速させていくように思います。
――コロナショックを受けて、そもそもの社会構造が変化していきそうですよね
田口 コロナショック前後の変化は間違いなくあると考えています。そして、重要なことは変化の中には不可逆なものがあるということです。例えば、バブル崩壊後に株価は回復しても、バブル期のような消費行動には戻ってないですよね。それは人々の中の価値観が大きく変わってしまったからだと思っています。
今回のコロナショックでも、社会に生じた大きな歪が長期間維持されることによって人々の意識と行動が変わり、その結果として社会になんらかの不可逆的な構造の変化をもたらすのではないかと考えています。
この過渡的な状態はしばらく続くと思われるため、企業は今後、この構造的変化を正確に捉えて、打ち手を間違えないことが重要だと思います。
――打ち手はどのように考えるべきでしょうか?
田口 当たり前のことなのですが、このような激しい変化の中では、どのような施策であれ、なおさらそれが大局観を持った中長期的戦略に立脚していることが大切と思えます。施策の立案にあたっても、ミクロだけではなくマクロの視点から全体戦略との整合性をより強く意識するのが望ましいかもしれません。
逆に、一番やってはいけないのは、短期的な変化に振り回されてしまうことです。そのためにも、正しい情報をもとに冷静な状況分析をすることが大事だと思います。
●マーケターこそ、世の中をポジティブにすることを率先する
――最後に、かつてない混乱にさらされているマーケターに向けてメッセージをお願いします。
田口 今は世の中全体が重苦しい雰囲気ですが、だからこそ、マーケターは社会と人々に「希望」を与える施策を打ち出していくことが期待されていると思います。
自社の商品やサービスがどのように世の中に貢献出来るのかを真剣に考えてみる良い機会ではないでしょうか?仮に、そのアイディアが今実現出来なかったとしても、真剣に考えたことは決して無駄にはなりません。
生活者はよりスマートになり、社会が企業に求める責任はより大きくなっていくと思います。多くの人々が混乱と不安の中にいる今だからこそ、明るく希望にあふれた未来につながるアイデアを一緒に考えていきましょう。
――何から始めるべきでしょうか?
田口 新しい視点を採り入れることを目的に、リモートワークへのシフトなどの影響で増えた時間を活用して、普段読まない本を読むことから始めるのはどうでしょうか?How-to本とかではなく、宇宙の成り立ちや自然科学、哲学、歴史といったビジネス以外の大きなテーマに触れてみることで自身の視野を広げる役に立つと思います。
あとは、普段話さないような人とオンライン上で会話することも有効だと思います。アフターコロナの世界でいち早く正しい判断軸を持てるように、新しい知識を今こそ積極的に取り入れるべきだと思います。
株式会社パルコデジタルマーケティング 林 直孝氏インタビュー
次に、株式会社パルコデジタルマーケティングで取締役を務める林氏にお話を伺いました。
●過去のデジタル投資が今に生きている
――コロナショックはどのような影響を与えていますか?
林氏(以下、林) 実店舗はやはり大きく影響を受けていますが、実は「Parco Online Store」自体の売上は大きく伸びています。ECは営業時間に左右されずにいつでもどこでもコミュニケーションが可能なため、デジタルやオンラインチャネルを活用した接客にリソースをシフトしている企業は増えてきていますね。
小売り業界を俯瞰しても、自社運営のECを活用したり、投資をしてきた企業はコロナショックの変化に対応出来ているように見られます。
※Parco Online Store
――時代の変化を先読みしたデジタル投資によって、影響を緩和出来ていると。
林 今の時代は「オムニチャネル」や「OMO」という言葉に代表されるように、オンラインを前提としたオフラインの組み合わせが重要です。消費者の行動はコロナショック以前から変化が見受けられていましたが、今回の影響でより加速しており、この変化への対応が早急に求められます。
例えば、オンライン上で接客が出来る機能は、このオンラインシフトには必要不可欠です。自宅にいる顧客に対しても、チャットや動画コンテンツ、ライブショッピングなどを通じて購買意欲を高められますし、今後は店舗スタッフも自宅からオンラインで接客をするような事例も増えてくるでしょう。
企業は、店舗における接客からオンライン接客などに切り替えていくためにも、これを実現出来る仕組みを企業として構築していくことが求められると考えています。
●震災で生まれた“助け合い”。コロナで加速する“コラボレーション”
――オフラインに多大な影響が出ているのは、震災と被りますよね。
林 そうですね。私が震災を経験した時は、パルコ・シティ社(現パルコデジタルマーケティング社)でオンラインモール事業の責任者をやっていましたが、実店舗は被害によって休業を余儀なくされたエリアもありましたし、営業時間の短縮や計画停電の影響も受けていました。
その当時は、商品を売るのではなく、みんなで助け合おうという動きが多く見られました。例えば、パルコでは店頭に募金箱を設置していましたが、オンラインストアでも募金を募るサイトを急ピッチでリリースしたことを覚えています。
他にも、有名ファッションECサイトが、チャリティーTシャツを販売して、多くの支持を集めたりもしていました。
――なるほど、“助け合い”の精神ですね。
林 加えて、このような取り組みを各事業者が自主的にやっていたのが印象的だったんです。販売を優先するのではなく、社会が良くなるための支援を優先する。この流れは、今回のコロナショックにおいても同様に発生しています。
感染予防の観点から営業を自粛するなど、まずは社会的な責任をまっとうすることが大事で、その後に自宅にいる消費者の皆さんに、どのように買い物やエンターテインメントを楽しんでもらえるか、どのように届けていくかを考えていくのが大事ですよね。
そして、この流れを業界全体として活性化させなければいけませんし、パルコデジタルマーケティングとしてはここを担っていくことを目指しています。
――ちなみに、現在はどのような“助け合い”が生まれているのでしょうか?
林 例えば今、ファッション業界の有志でFacebookコミュニティが立ち上がっています。ここではファッション関連事業者に加えて、様々なサービスを提供されるベンダーの皆さんも集まって、海外事例などの情報提供が行われています。例えば、もうすぐこういう状況が発生するとか、では日本ではどのように対策すべきか、みたいな情報ですね。
これは、SNSが発展しており、かつ世界的な事象である今回だからこその取り組みだと思います。この流れはアフターコロナでも続いていくと考えていて、世界を巻き込んだコラボレーションが生まれる予感がしています。
●“本質的な価値”を提供し続けることに向き合い続ける
――先ほどの例に挙げられたコラボレーションの他に、意識すべきことは何かありますか?
林 大事なことは、「今の状況においても提供しつづけなければいけない価値」はなにかを考えることです。顧客の心情に想いを巡らせて、自分たちが何を出来るのか、アイデアをひねり出すことが今やるべきことだと思います。
例えば、店舗での接客は難しいですが、オンラインであれば接客は出来ます。自分たちが提供する”買い物の楽しみという価値”が途切れないようにすることが、私たちの提供価値を継続するためのアプローチになります。
各企業が持つ”本質的な価値”を、安心・安全を担保して、どのように提供し続けるのか考え続けなければなりません。
――パルコではどのように価値提供を継続していくのでしょうか。
林 パルコは創業時から、3つの社会的役割を掲げています。「街づくり」「インキュベーション」「情報発信」の3つです。
パルコグループが果たす3つの社会的役割
例えば「街づくり」の観点では、大阪の心斎橋に新店舗をオープンする予定があるのですが、これは状況を見ながらも進めていく必要があります。「インキュベーション」では、才能があるクリエイターがコロナ下でも羽ばたけるように、クラウドファンディングを活用して、オンラインを通じた支援を進めていきます。
また「情報発信」は、オンラインを通して今だからやれることが多いです。オンラインによるコンテンツ発信を通じて、消費者との関係構築を継続することで、最終的にはまた戻ってきてもらえると考えています。アフターコロナにおいて売上を回復させるためにも、エンゲージメントを高めていくことを意識しています。パルコデジタルマーケティング社としても、リテール業界の皆様に向けてこういったオンラインでの情報発信のお手伝いをしていきたいと思っています。
●マーケターとして、”価値提供”の姿勢を忘れてはならない
――最後に、かつてない混乱にさらされているマーケターに向けてメッセージをお願いします。
林 まず優先すべきなのは、ウィルスの感染拡大を防ぎ、安心・安全な状態に近づけるという優先課題を実現させることです。ただ、企業としては守りだけではなく、攻めの姿勢も必要となります。
そのために、自分たちの”本質的な役割や価値”を見つめなおし、その”価値提供”を継続する事が大切です。先ほど挙げたオンライン活用は手法の一つです。例えば非常に厳しい環境を強いられている飲食店の皆さんも、テイクアウトや、デリバリーに様々なオンラインサービスを活用して取り組まれている事例を参考にすれば、どの業界でもオンライン活用でできるようになる事はたくさんあるはずです。
オンライン活用に限らずどのような形であれ、価値提供を途絶えさせないための施策を考え続け、実行していくことが求められます。
――逆に、やってはいけないことは何なのでしょうか?
林 本質的な価値提供を忘れて、事業を守ることに意識が偏ってしまうことです。それにより事業が継続できなくなるリスクを逆に高めてしまう恐れがあるからです。
マーケターが意識すべきは、価値提供を継続するためのマインドであり、その価値を実際に提供し続けることを忘れてはいけないと思います。
※後編記事はこちら
※本記事に掲載されている取材内容、プロフィール等の情報は、2020年4月24日時点のものです。