賢人たちに聞く。やがて去る危機に備えて、マーケターはいま何をすべきか【後編】

Repro Journal編集部
Repro Journal編集部
2020.05.01
賢人たちに聞く。やがて去る危機に備えて、マーケターはいま何をすべきか【後編】

目次

新型コロナウイルス感染拡大によって経済は大きな影響を受けており、事態の長期化も見込まれています。しかし、このような状況にあるからこそ、正しく今を見つめ、「やがて去る危機」も見据えた準備を始めることが欠かせません。

そこで、業界を代表するマーケターに、リーマンショックや東日本大震災といった過去の経験も踏まえ、私たちは何を考え、どのように行動すべきかを学んでいく企画を用意しました。後編となる今回は、パーソルホールディングス株式会社 友澤氏、株式会社ビービット 遠藤氏に、混乱・不況下におけるマーケターのあり方をお伺いしました。

前編記事はこちら


パーソルホールディングス株式会社 友澤 大輔氏インタビュー

まずは、パーソルホールディングス株式会社でCDOを務める友澤氏にお話を伺いました。

●コロナショックによって生まれる2つの2極化

――新型コロナウイルスの流行は、マーケットにどのような影響を与えるとお考えでしょうか?

友澤氏(以下、友澤) 私たちのメインビジネスである人材業界は大きく影響を受けますよね。業界の特徴として、好景気の場合は採用市場の需要が高まるので複数サービスを利用する企業が増える傾向があります。

逆に不況・混乱下においては企業が利用サービスを成果が出ているものに絞り、新規サービスに挑戦しなくなるという傾向があります。どの企業も厳しいですが、とくに新興の人材系サービスは苦難に立たされるところが増える可能性があると考えています。

――なぜ、企業が利用サービスを大手に絞るのでしょうか?

友澤 平時においては、企業が「良い人を採用したい!」と考えたとき、幅広く様々なサービスを使う方が、無駄も出るかもしれませんが採用できる確率は高くなります。

しかし不況下においては、限られた予算のなかで間違いない選択をしたいというインセンティブが働きます。そのため、ブランドとして確立されているサービスや独自の強みがあるプロダクトしか、選ばれなくなるのです。

この流れは人材領域に限らず、市場全体で起こる変化です。なので、コロナショック下においては、プロダクトに独自の強みがあったり、高いエンゲージメントを保っているサービスでないと生き残れないと思います。

このような状況だと、みんなリスクをとりたくないんですよ。だから、選ばれる企業とそうでない企業の二極化が進んでいきます。

――なるほど。働く人という観点ではいかがでしょうか?

友澤 周囲のマーケターの話を聞いていると、会社に依存しない人が増えている感覚があります。例えば、副業をしようとか。実際に、空いた時間を利用して副業をやっている人は一定数いらっしゃいます。

――副業などの業務委託の方はコストカット対象になりやすいイメージがありましたが。

友澤 代替可能なスキルである場合はカットされたり、価格勝負になりがちです。でも、強い人はどんどん頼られるようになります。働く人の二極化もコロナショックによって浮き彫りになると考えています。

●不況時だからこそ変革が進みやすい側面も

――DXを推進する立場から見ると、コロナショックはやはりマイナスなのでしょうか?

友澤 実は、DX推進や物事を抜本的に変えていくという立場から考えると、ポジティブな面もあると考えています。このように考えられるのはリーマンショック時の経験によるものです。

当時はリクルートに在籍していたのですが、リーマンショックの影響によるデジタル広告運用のインハウス化を担当していました。広告費削減のため、代理店への手数料を削減しようという流れのなかで、自社でアドサーバーを持ち、媒体から直接在庫を購入して広告を回すという体制にシフトしていきました。

媒体社を通さず自社のアドサーバーで運用するというのは業界初だと思います。これはリーマンショックがあったからこそ実現できたと考えています。

――なぜ、このような変革を推進できたのでしょうか?

友澤 マーケットが不況だったからこそですね。

interview-tomozawa_endo-20200501-1リーマンショックにより広告費は大きく減少

広告市場が縮小し、媒体側は値引きしてでも在庫を捌けさせたいという状況でした。リクルートが枠をおさえることで媒体は売上を立てることが可能となり、リクルート側では広告運用のデータを自社で溜めることができる。平時では代理店との関係がありますので、容易には実現できません。

不況・混乱下だからこそ、忖度なく、変革を進めやすいということをリーマンショックで学べましたね。

――有事こそ、挑戦できるというお話は経験があるからこその視点ですね。

友澤 有事の際は、通常時に発生するコミュニケーションコストをすっ飛ばして、新しいことができると考えています。今であればベンチャーが価値創造をすることで、日本は変われるチャンスがあると考えています。

また、マーケットが縮小している時は効率性について考えがちですが、こういう時だからこそ逆張りをして、小さい尖ったことから状況を好転できるきっかけを掴めるとも考えています。

●コントロールできることにフォーカスした優先順位付けを

――逆張りなど、前に進むアイデアを実践するためにはどのように思考すべきなのでしょうか?

友澤 私の場合は、3つの観点から優先順位をつけるようにしています。

interview-tomozawa_endo-20200501-2

例えば、コロナショックによって正社員の募集が減るという環境要因は人材業界にとってはコントロールができない事象です。しかし、コンテンツを作ったり、考えを言語化することによって情報提供を行うことは可能ですよね。

実は、コントロールができるかどうかは平時の際は判別が難しく、一見コントロールできないこともストレッチして実行しろという話になりがちです。しかし、有事の際はコントロールできないものが明確になります。こういうときに正社員の募集を増やせと言われても難しい。

コントロールできること・できないことの整理はやりやすいはずですから、無理なものは無理とあきらめて、コントロールできることに集中するのが吉だと思います。

――コントロールできる中で、自信の有無を考えるのはなぜでしょうか?

友澤 これは個人的な考えが強いのですが、有事の場合は自信がないことにチャレンジするようにしています。能力や経験が足りない部分にフォーカスした選択をすることで、自分の成長を目指すために自信がないことを選択しますね。

コントロールできることのなかで、自信がなく、チャレンジしたいと思えること。これが所属企業の方向性とも合致していれば、自分にとっても会社にとっても大きな成長のチャンスとなります。

●マーケターは「自分力」をどう磨くかを考え続けるべきである

――最後に、かつてない混乱にさらされているマーケターに向けてメッセージをお願いします。

友澤 伝えたいのは、徹底的に自分を磨いて欲しいということです。こういう時って、政治や会社をディスる発言が増えるのですが、マーケターはそうではなくて、新しいことに取り組めるようにポジティブであって欲しいです。

また、コロナショックは震災と違って、復興需要などの成長機会がありません。なので、アフターコロナを見据えて、何を準備しておくかが大事です。

――具体的には、どのようなアプローチが考えられるでしょうか?

友澤 関係性がとれている企業と一緒に企画を考えて、素早く実行するというのは得策だと考えています。経済合理性というよりも、志で一緒に動ける人たちとそれぞれ知恵を絞って、企画を考える方が面白いものが生まれます。

だからこそ、改めて人と人との繋がりは大事になります。このような企画は繋がりがないと前進させることができません。スキルや専門性はもちろん大事ですが、今後はネットワーク作りができる人材の価値が高まる時代がやってくると思います。


株式会社ビービット 遠藤 直紀氏インタビュー

本企画の最後に、株式会社ビービットで代表取締役を務める遠藤氏にお話を伺いました。

●ショックによって生まれる構造変化は残り続ける

――コロナショックによる影響はどのようなものが観測されていますか?

遠藤氏(以下、遠藤) 意思決定が遅くなっている人たちは多いと思います。例えば、普段だったら決まることが決まらない、という影響は見えてきていますね。

――今後はどのようなことが起こりそうでしょうか?

遠藤 今はまだ多くないですが、予算凍結が発生する企業が出てくると思います。実際にリーマンショック下においては各社の予算が凍結し、特にグローバルに進出している企業では顕著でした。

interview-tomozawa_endo-20200501-3※出典:電通「日本の広告費」を元に編集部作成

ちなみに凍結した予算は、経済危機が落ち着いても元に戻るとは限りません。例えば、ある大手企業は外注していたマーケティング機能を内製化し、グループ企業に発注することでグループ内でキャッシュを保有するという流れも見受けられました。

その企業は現在でもマーケティングを内製化したままです。ここから学ぶべきことは、今回のコロナショックでも、リーマンショックで起きたような構造変化は容易に起こりえるし、その変化は元に戻らないということです。

●恐怖に脊髄反射せずに、長期で物事を考える

――過去のショック時から、学んで実践しようとすることはありますか?

遠藤 今振り返ると失敗だと思っているのは、リーマンショックの際に、採用を止めてしまったことですね。

周囲も採用を止めていたこともあり、当時は間違った判断ではなかったと考えていましたが、今思うと少なからず採用活動は継続しておくべきだったと反省しています。

――それはなぜでしょうか?

遠藤 この判断によって、組織の成長に大きな影響を及ぼしたからです。その時期に新しい人が入らなかったために、成長スピードが落ちています。加えて、一度採用を止めてしまうと、採用市場におけるプレゼンスも下がり、再開する際の負荷が大きくなります。

なので、積極的に採用するかは別として、活動自体は止めるべきでなかったなと反省しています。

また、当時の私は、採用活動を止めることにもリスクがあること、そして長期的な影響を考えることができていませんでした。リーマンショックという危機に恐怖を感じ、脊髄反射していたなと。

今回はこの反省を活かしたいですね。

――“恐怖に脊髄反射してはいけない”というのは今まさに考えなければいけないことですよね。ビービットさんはDX支援もされているかと思いますが、影響はありますか?

遠藤 DXは加速している実感があります。このタイミングだからこそDXの推進に力を入れるべきだと考えていますし、今やらなけばいつやるのかという時でもあります。実際に、いくつかの日本を代表する企業では、アフターコロナを見据えたデジタル投資に力を入れて始めています

interview-tomozawa_endo-20200501-4※出典:『アフターデジタル』を出版するなど、DX推進を啓蒙するビービット社

ただ、注意しなければならないのは、アナログなものをすべてデジタル化する必要はないということです。

今ある仕組みをそのままデジタル化するのではなく、消費者の行動変化を前提とした全体設計があって、この設計をもとにデジタル化が必要なものを見極めなければなりません。

言い換えると、企業はどのようなサービスが価値提供になるのかを考え直す必要があり、ビービットとしても貢献していきたいと考えています。

●コロナショックによって、本質的な価値が問いただされる

――企業として、打ち手の優先度はどのように考えるべきでしょうか?

遠藤 まず、絶対無理なことは諦めた方が良いです。やること、やらないことの整理を優先してください。

そこから、影響がどのくらい続くのかということも考える必要があります。数ヵ月の話なのか、1年以上の話なのかによって、取るべき戦略は大きく変わるので、この情報収集を欠かさないことも大切です。

また、先ほどお話したように構造変化が起こることを見逃してはいけません。リーマンショックによって企業で内製化が進んだように、今回のコロナショックで何が変わっていくのかを見極める必要があります。

例えば、すでにオンラインミーティングを活用することは当たり前になりつつあります。これが1ヵ月だけであれば元に戻るかもしれませんが、半年以上続けば当たり前になるでしょう。

この変化が本質的なものであれば、私たちはその変化に追いつけるように学ばなければなりません。

――本質的な変化を見極めて対応しないと時代に置いていかれると。

遠藤 そうですね。加えて、コロナショックによって本質的な価値が問いただされていると思います。

結婚式を例に考えてみると、そもそも「なんで、結婚式を行うのか?」という問いは行われてしかるべきものです。自粛している状況では通常時のように挙式は難しいですが、結婚式の目的がお世話になった人に感謝を伝える・お披露目するということであれば、二人のことをよく知ってもらうビデオを作るという代替案でもいいかもしれません。

interview-tomozawa_endo-20200501-5※出典:BBC

このように目的を正しく捉えて、手段を今の環境に最適化すればビジネスは残るのだと思います。マーケターの仕事は、自分たちの価値を明確にするのが本質です。

今の環境というのは、その真価を発揮できるかどうか問いただされているのではないでしょうか。

●楽観せずに、ただ明るい未来を見据える心構えを

――最後に、かつてない混乱にさらされているマーケターに向けてメッセージをお願いします。

遠藤 短期的な考えで状況を楽観するのが、一番やってはいけないことです。コロナショックの影響は甚大ですし、長期的に市場に影響を与え続けることを前提として考えるべきです。

ただ、その中でも明るい未来を目指して日々の仕事に向き合うことが必要となります。短期的な楽観はしないが、いつか明るい未来がやってくると考えて、前に進むための心構えをマーケターの皆さんに是非持ってもらいたいと思います。

――どのように前に進んでいくべきなのでしょうか?

遠藤 こういう時には、しがらみなく「私たちの作りたい世界観はこうなんだ!」といったように、ゼロベースで物事を考えられる人が強いです。そういう意味で、個人的には、若い世代に期待しています。

「今まで通りで本当に良いのか?」とこれまでの当たり前を疑い、物事を変えていける人たちに活躍して欲しいですね。

【前編】はこちらから

※本記事に掲載されている取材内容、プロフィール等の情報は、2020年5月1日時点のものです。

プロフィール

友澤 大輔(ともざわ だいすけ)

パーソルホールディングス株式会社
CDO 兼 グループデジタル変革推進本部
友澤 大輔(ともざわ だいすけ)

1994年、ベネッセコーポレーションに入社。その後、ニフティ、リクルート、楽天などを経て、2012年、ヤフーに入社。マーケティングイノベーション室を新設。18年10月にパーソルホールディングスへ転じ、19年4月より現職。グループ全体のデジタル変革を推進するために中期事業計画策定から各社協働PJなどを推進。
遠藤 直紀(えんどう なおき)

株式会社ビービット
代表取締役 / President & CEO
遠藤 直紀(えんどう なおき)

米国留学後、開発会社、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)を経て、2000年3月、ビービットを設立し代表取締役に就任。日本ではまだ馴染みの薄い“ユーザビリティ、ユーザエクスペリエンスの重要性”に着目、コンサルティングを開始。人間の心理を解明することで多くのデジタルサービスの改善を行ってきた。2017年からはユーザエクスペリエンスを高めるSaaS、USERGRAMの提供を開始している。

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