Tinderは市場において最も人気のある出会い系アプリというだけではなく、モバイルアプリの時代において最も中毒性のあるアプリの1つです。毎日10億回ものスワイプと1,000万回ものマッチングが記録されており、1日の平均利用時間は男女共に約90分にものぼります。
しかしながら、こと継続率という点に関しては、Tinderはパラドックスに陥っているように思われます。なぜならTinderによってマッチングが成立し、そのマッチングによってそのまま交際に発展したら必ず2人のユーザーを失うことになるからです。
通常、アプリが利用者の目的に沿うものであればあるほど、多くのユーザーが利用を継続してくれます。これによりアプリは継続的に成長し、将来的な収入はより多くなるのです。しかしTinderの場合は逆です。マッチングする可能性のある独身の人同士を繋げる可能性を高めれば高めるほど、より多くのユーザーを失うことになります。 Tinderのケースから学び取れるのは、継続率を理解することは単に日ごと、週ごと、月ごとのアクティブユーザー数をトラッキングすることよりも複雑であるということです。Tinderの場合、継続率はユーザーのチャーンと密接に結びついています。
Tinderのパラドックス
継続率が最重要指標なのは間違いありません。BainCompanyの調査によると、既存のユーザーを維持する方が新規ユーザーを獲得するのに比べると6〜7倍も安く済むようです。
Harvard Business Reviewによれば、継続率を5%増加させるだけで利益を25%から85%((原文では「継続率を5%増加させるだけで収入を25%から95%増やすことができる」と書いてあるが、文章を間違えて引用している。出典:Harvard Business Review))増やすことができるそうです。
特にモバイルアプリにとっては、ユーザーの継続的なエンゲージメントが広告やプレミアムサービスなど以外で収入を生む手段となります。上記のような前提に基づくと、Tinderは好ましくないマッチングが起こる仕掛けを施しているのではと結論づける方もいるかもしれません。きっと良いマッチングが起こるということをちらつかせてユーザーをからかっているのではないか、と。彼らの最終的な目標はスワイプさせ続けることなので、良いマッチングをすぐには成立させないようにしているのではないかと考える方もいるでしょう。ユーザーに永続的に異性をスワイプし続けてもらうという試みはTinderのエンジニアにとってチャレンジングな課題のように思います。しかし実際は、一見パラドックスにみえる「built-to-churn」モデル ((継続率とチャーンが密接に結びついていて、チャーンすることがアプリの中で重要とされるモデル))がTinder成功の鍵なのです。
良いチャーン
まず、ユーザーがチャーンしている理由を知ることが重要です。
- ユーザーはマッチングの質が低かったり、アプリが退屈であったり、技術的な問題やアプリで不快な思いをした場合にTinderからチャーンし、二度とアプリを使いません。
- ユーザーはTinderを通じて出会った人と交際したり、恋に落ちたり結婚したりする際にチャーンすることがあります。
- ユーザーは誰かとカジュアルなデートをし始めたときもチャーンします。そして1か月後には戻って来て再びスワイプし始めるのです。
Tinderがユーザーに提供する価値を考慮すると、上記の2と3の項目は望ましい結果に繋がっています。これはつまりTinderがマッチングを実現させるというサービスの根幹をなす価値の提供に成功したことを示しているのです。次の段階は、ユーザー同士が結ばれてチャーンした時に何が起こっていたかをより詳細に分析し、そうなるきっかけとなったアクションを特定することになります。
良いチャーンを見つける
継続率とチャーンの分析をするにあたってはユーザー行動の特定のパターンを考える必要があります。 DAUとMAUの数はアプリがどれくらい利用されているかというバロメーターとして見ることができますが、この指標では数字が推移している背景や改善するためのヒントを読み取ることは決してできません。 アプリ事業者としてすべきことは、ユーザーがアプリの価値を見出し、利用促進のきっかけになっているアクションのパターンを特定することです。例えば、「写真をアップロードすること」がユーザーのエンゲージメントにつながっているならば、もっとユーザーに写真をアップロードしてもらえるように促しましょう。それがもし「プレイリストを作ること」であれば、より多くの人がプレイリストを作るように促す、ということです。 チャーン自体がユーザーがアプリの価値を見出していることを示す指標になっているTinderにおいては、何が人々をチャーンに導いているかを正確に見る必要があります。
連絡先の交換
アクションに紐づいたコホート(ユーザー群)があれば、ユーザーのデータを絞って特定のアクションのパターンを取っているグループごとの分析をすることができます。ここで、1日に2回メッセージを送っているTinderのユーザーのコホートを見てみましょう。(注:TinderはAmplitudeを使っていません。そして、グラフで示されたデータや以下のスクリーンショットは単なる仮定値で、要点を説明するために使用しています。)
Amplitudeでは0日目から30日目までの特定のユーザーの継続率を調査できます。
15日後のリテンションレートを約20%とし、これを基準値にしましょう。これは継続率としては平均的なものです。このコホートを2つに分けるために正規表現を使ってみましょう。片方のコホートでは、送信されたメッセージのうちのどこか1つに電話番号があるはずです。出会い目的のマッチングが不成立に終わった場合を除外するために、電話番号のみ送信されているメッセージを除き、電話番号が含まれるメッセージが最後のやりとりではない場合も対象に含めました。
出典: Regextester
もう片方のコホートでは、マッチングで連絡先の情報を交換していないユーザーを対象にします。これによって、Tinderで連絡先を交換したユーザーの30日間の継続率を交換しなかったユーザーの継続率と比較できます。
するとどうでしょう、愛によって生まれたチャーンがグラフに現れました。連絡先を交換したユーザーが短期間でTinderに訪れなくなっていることがはっきりとわかります。この結果からわかるのは、そういったユーザーはTinderに価値を感じなくなったか、出会いを見つけた可能性があるということです。次のステップはチャーンした幸せ者を見つけて、それを元にさらに分析するためコホートを作成することです。
- どんな種類の行動が別れに繋がるのかを示すユーザーフローを見ることができます。
- ユーザーを特定の年齢や所在地、職業に実験的に分けて、どの特定のグループがチャーンしやすいのかを見ることができます。
- 長期的に見て、より会社に利益を生むのはどのコホートかを見るために、彼らのLTV(lifetime value)を標準的なユーザー群と比較することができます。
まず第一に知りたいのは、連絡先を交換したユーザーを長期的に見ると何が起こっているのかということでしょう。
愛は時に残酷です。あなたがTinderで会った全員と良い関係を築けるとは限りません。しかしながら、上のグラフはユーザーに何があったとしても毎週毎週Tinderに戻ってくることを示しています。これこそリテンションです! 実際、ユーザーは常にアクティブである必要があるとは思っていないので、Tinderのようなアプリには継続的に戻ってきます。もしあなたがTinderで会った誰かとデートして、1ヶ月後に残念な結果に終わったとしても、Tinderにネガティブな感情を持つことはないでしょう。皮肉なことですが、何か月間も毎日Tinderを起動しているユーザーは、継続はしていますが残念な結果に終わっているユーザーだということです。 私たちはすべてのチャーンが悪いと思っていますし、最も価値のあるユーザーは日常的にアクティブなユーザーのことだと思っています。しかしながら、実際にユーザーに価値を届ける際には間違いのもとになりかねません。もしTinderのようなサービスであるならば、アプリの成功は時折チャーンするユーザーにかかっているのです。
チャーンと継続率の複雑さについて
Tinderからチャーンしたユーザーは戻る人もいれば戻らない人もいます。 ユーザー体験の悪さに起因するチャーンはあるべきではないのは当然なのですが、(本来はアプリにとってゴールである)真剣で長期的な交際に至ったために二度とアプリを使われなくなってしまうことも最終的には出会い系アプリのビジネスにとって良くないということも容易に推察できるでしょう。 事実から目を背けることはできません。
ミレニアル世代だけでなく、ちょっとした出会いを求めている人たちが実生活でデートの代わりとして利用しつつある出会い系アプリにとって、アプリを「卒業したユーザー」ともなんらかのつながりを持つことは大きなアドバンテージになるでしょう。カジュアルな出会いを提供するアプリの代表格であり、それ以上の価値を提供しているTinderにとってもこの継続率とチャーンの捉え方は大きな発想のシフトでもあります。 「私たちは他のどんな出会い系アプリよりも素晴らしい価値を提供している。」と創始者兼CEOであるSean RadはFast Companyに言いました。
「Tinderでのマッチングは人生を変えます。2時間前のSnapchat の写真を一体だれが気にするでしょうか?」 Tinderが人生を本当に変え、人々の生活に浸透し、そして成長し続けるために注目すべきことはユーザーの継続率ではありません。ユーザーがどうチャーンしているかということです。
この記事は、 Amplitude上の記事 " Tinder and the Dating App Retention Paradox"を著者の了解を得て日本語に抄訳し掲載するものです。Repro published the Japanese translation of this original article on Amplitude in English under the permission from the author.