営業やマーケティングの仕事の携わる人にとって、顧客との関係構築は「絶対」ともいえる要素です。ビジネスである以上、顧客から信頼を得て、商品やサービスを購入してもらい、長い取引関係を作り上げなければなりません。この顧客との関係構築を汎用的かつ効率的に行おうという考え方がCRM(顧客関係管理)、そして実行環境としてのCRMツールです。
本記事では、CRMの基本的な実践法と重要性に加えて、CRMツールの機能についてもできるだけわかりやすく、実践的に紹介しています。売上構造の改革を実現したい人はぜひご覧ください。
CRMとは?言葉の意味と定義を理解する
CRMとは、「顧客情報の一元管理・分析」と「適切なコミュニケーション」を通して、良好で継続的な顧客との関係を作り上げるマーケティング手法のことです。
「Customer Relationship Management(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)」の略語で、日本語では「顧客関係管理」と訳されます。
よりわかりやすい表現を用いるのであれば、CRMの第一人者である株式会社パルコの安藤彩子氏の言葉、「ロイヤルティを醸成してお客様と長期的な関係を築く」がCRMの定義といえるでしょう。
なお近年は、「CRMという手法を実施するためのツールやシステム」のことを指してCRMと呼ぶことが増えています。CRMを理解しようとするときには、手法について語られているのか、ツールやシステムを意味しているのかをしっかりと区別することが重要です。本ページでは曖昧さを排除し、わかりやすくするために、手法に対しては「CRM」、ツールやシステムに対しては「CRMツール」という言葉を使用します。
CRMの具体的な実践例
具体的な例を挙げて説明しましょう。例えばあなたが化粧品を購入したと考えてみてください。その化粧品を使い切る1週間前に同じ商品の割り引きをお知らせするメッセージが届いたらどう思うでしょうか?「気が利いている!」「ちょうどいいタイミングなのでまた購入しよう」と感じるのではないでしょうか。これがCRMです。
「顧客情報の一元管理・分析」により、「化粧品を使い切る1週間前」という購入モチベーションが上がるタイミングを抽出し、「同一商品の割り引きのお知らせ」という「適切なコミュニケーション」によって、顧客満足度を高め、リピート購入を促しています。前述した「顧客との強固な関係性を構築」する好例といえるでしょう。
■CRMの具体的な実践例
顧客が求めるタイミングで適切なコミュニケーションを取り、顧客に喜んでもらう、顧客の満足度を高めるのがCRMの基本。
CRMの先駆者・実践者たちの声
CRMを実践するために必要な3つの条件
では、CRMを実践するためには何が必要なのでしょうか。大きく分けるなら
- 顧客情報の収集
- 顧客情報の一元管理・分析
- 顧客のセグメントに合わせたコミュニケーション
の3つが絶対条件といえます。
ここでいう顧客情報とは、氏名、年齢、性別、住所(BtoBビジネスの場合は会社名や役職など)といった個人情報のほか、来店頻度やWeb上のアクセス解析データのような行動データ、購入金額や購入商品などの購買データ、さらにはお問い合わせの内容などが該当します。
ただし、顧客情報を収集したとしても整理されていなければ宝の持ち腐れです。そこで、顧客データベースとして整理・格納し、一元管理と分析が可能な状態を整えます。CRMの実践においては、この顧客データベースの構築と一元管理・分析が非常に重要。分析結果をもとに顧客をセグメントし、コミュニケーション対象を定めていくからです。
最後にセグメントされた顧客に対して、最もニーズに応えられるコミュニケーション手法を検討し、メッセージを発信します。前述の例のように割り引きキャンペーンのお知らせかもしれませんし、商品の上手な活用方法かもしれません。
このように、「顧客情報の収集」「顧客情報の一元管理・分析」「顧客のセグメントに合わせたコミュニケーション」を三位一体としてサイクルを回し、顧客満足度の向上を図るのがCRMの基本中の基本です。
■CRMの基本的な実践手法
顧客データを収集し、顧客データベースとして一元管理。整理された顧客データを分析し、顧客に合わせて適切なコミュニケーションを実践する。このサイクルを通じて、顧客満足度を向上させ、より強い関係性を構築していく。
CRMを実践すべき理由と重要性
ここまでは「CRMとは何か?」にフォーカスして解説をしてきました。しかし、なぜCRMを実施すべきなのでしょうか。「顧客との関係を強固なものにする」「長期的な関係を構築する」ことはなぜ良いことなのでしょう。CRMを実践すべき大きな理由を紹介します。
LTVの向上につながる
CRMが重要視される最たる理由といえるのが、LTV(ライフタイムバリュー)向上への貢献です。「顧客との関係を強固なものにする」「長期的な関係を構築する」ことは、「長期間、顧客との取り引きが継続する」ことを意味します。つまり、時間軸を考慮した場合にひとりあるいは一社から得られる利益の増大につながるのです。
また、顧客との関係が強固であれば、購入頻度や購入金額が増え、一定期間内に顧客がもたらす利益が増大することも考えられます。CRMは時間と利益の掛け算でLTVの増大を実現する可能性を秘めています。
CRMの実践により、顧客との取引期間が延び、購入頻度や購入金額も増大していく可能性がある。
利益の創出が効率的になる(1:5の法則)
有名なマーケティングの法則に「1:5の法則」というものがあります。これは「新規顧客の獲得は既存顧客の維持と比べて4~5倍のコストがかかる」というもの。CRMはまさに既存顧客を維持するための手法です。CRMをおろそかにすると、常に新規顧客の獲得にコストを投下し続けなければなりません。「穴の開いたバケツ」のようなものと考えるといいでしょう。
新規顧客の獲得も非常に重要ですが、既存顧客を維持するためのCRMを実践したほうが、利益観点で見ると圧倒的に効率的なのです。
優良顧客を増やすことにつながる(パレートの法則)
もうひとつマーケティングにかかわる法則として「パレートの法則」というものがあります。「上位2割の要素が全体の8割の結果を生み出している」という考え方で、マーケティング観点で読み換えると「2割の優良顧客が8割の利益を生み出している」という意味を持ちます。実際に多くの事業において、利益の大半を少数の優良顧客が占めていることがわかっており、2割の優良顧客の維持とその拡大が非常に重要なビジネス課題なのです。
CRMは「顧客との強固な関係性を築く」ことを目的とした手法なのですから、優良顧客の増大に直接的に貢献できます。CRMは企業の利益を左右する重要なマーケティング施策であるということです。
CRMによって優良顧客の維持や拡大を実現することは、企業の利益に直結している。
顧客理解が深まる
消費者のニーズや価値観が多様化の一途を辿る現代。顧客がどんな趣味・嗜好を持ち、どんな商品を求めているのかを企業側が把握していなければ、最適な商品やサービスを届けることができません。CRMによる顧客情報の管理・分析は、新たなヒット商品を生み出す種となる可能性もあります。
CRMというと、新規顧客獲得の軽視と見られることもあるようですが、実はまったく逆。顧客を深く理解し、関係を強めることは、さらなる新製品の開発、新たなビジネスの創出の起点になるものなのです。
CRMに役立つ顧客データの分析手法
CRMは顧客データの収集とその分析が核となるマーケティング手法です。ここでは代表的な3つの顧客分析法を紹介します。CRMを実施する際の基礎知識となるものなのでしっかりと押さえておきましょう。
RFM分析
RFM分析とは、「Recency(直近の購入日)」「Frequency(購買頻度)」「Monetary(購買金額)」の3つの軸を用いて顧客を分析する手法です。それぞれのデータを一定条件でグルーピングし、その掛け合わせで顧客を分類、分類に合わせたコミュニケーションを検討します。
例えば、「R(直近の購入日)」が近く、「F(購入頻度)」も多く、「M(購買金額)」の高い顧客グループは、自社に対して非常に愛着を持っている、顧客関係の構築がうまくいっているグループと考えられます。「R(直近の購入日)」が遠いグループは、自社の製品への依存度が落ちており、他社への乗り換えをしてしまっているかもしれません。このようにRFMのデータから顧客の特徴を読み解き、それぞれに適したアプローチを考え、実践していくのです。
デシル分析
デシル分析とは、各顧客の購入金額を洗い出して、購入金額の高い順に顧客を並べ、それを10等分してグループ化する分析手法です。全体の購入金額に対する各グループの構成比率や、各グループのひとり当たりの購入金額などを算出することで、どのグループに優先的にアプローチすべきなのかが、どのようなコミュニケーションを実施すべきなのかを検討する材料となります。
セグメンテーション分析
セグメンテーション分析とは、顧客を様々な角度で区分(セグメント)して、区分ごとに購入金額や購入頻度などの行動を分析する手法です。「RFM分析」や「デシル分析」も広い意味ではセグメンテーション分析のひとつといえます。
セグメントの例として代表的なのは、「デモグラフィック(年齢、性別、職業などによる区分)」、「ジオグラフィック(顧客の住所、店舗所在地などの地理的区分)」、「サイコグラフィック(ライフスタイル、価値観などの心理的区分)」の3つです。分析の目的に合わせて区分方法を検討する必要があります。
CRMツールの基本的な機能
CRMを効果的に実施するには、「顧客情報の収集」「顧客情報の一元管理・分析」「顧客のセグメントに合わせたコミュニケーション」が必要であると前述しました。しかし、これらを実現するためのシステムを自社で独自開発するのは非常に難しいものです。そこで、開発されたのがCRMツール。最後に、CRMツールの基本的な機能についても紹介しておきましょう。
1.顧客情報管理機能
様々な顧客情報を一元管理する機能です。購入履歴や、来店履歴、Webサイトの閲覧履歴といったユーザーの行動履歴はもちろん、商談のステータスや過去の問い合わせ履歴も確認することができます。
メールマーケティング機能が搭載されたツールでは、メールの開封率を把握できるものもあります。顧客に紐づけて最新の情報を一括で管理できるようになることで、担当者以外でも状況を即座に把握できるようになり、業務の効率化を期待できます。
2.メールマーケティング機能
フォローメールやステップメールなどの、メール配信機能が搭載されたCRMツールもあります。商品購入をしたユーザーやサービスを利用した顧客に対して、お礼のメールを自動配信したり、別の商品をレコメンドするメールを配信したりすることも可能です。LINEやSMSなどのメッセンジャーアプリと連携して、メッセージを配信できるCRMツールも一般的になってきています。
顧客の行動に応じて、メールやメッセージを配信することで顧客との関係性を継続的に高められ、効率的なナーチャリングが実現します。
3.分析レポート機能
収集、整理された顧客データベースを基に、顧客の分析をする機能です。CRMを実施する核となる機能で、分析機能の使い勝手がCRM成功のカギを握っているといっても過言ではありません。顧客の購買履歴やエンゲージメントなどをビジュアライズしてレポートにまとめる機能が搭載されたツールもあり、自社のノウハウや運用にあたる人材のスキルに合わせて、慎重に吟味する必要があります。
4.企業情報管理機能
BtoBビジネスで利用する場合は、企業情報を管理する機能も必要です。企業ごとに情報を管理して売り上げや貢献度をスコアリングしていくことで、どの企業の貢献度が大きいかが明確になるため、優先順位を付けるのに役立ちます。
5.名刺管理機能
セミナーやウェビナー、展示会といった多人数が参加するカンファレンスでは名刺の交換が頻繁に行われます。名刺管理機能がついたCRMツールでは、名刺に記載された役職や所属部署、メールアドレスなどをデジタルデータ化してデータベースに格納可能です。主にBtoBビジネスで活用される機能といえます。
6.その他のマーケティング機能
その他にも、Webマーケティングやテレマーケティングの機能、お問合せを管理する機能など、ツールによって多種多様な機能が搭載されています。同じジャンルの機能でも、ツールによって使い勝手が異なるので、まずは自社が求める機能を洗い出すところから始めるのがよいでしょう。
CRMを推進するためのふたつの道筋
CRMはマーケティング施策のひとつに分類されるため、マーケティング部門が主導し、推進するのが一般的です。しかし、筆者はマーケティング部門が突出したために、プロジェクトが頓挫してしまうケースをたくさん見てきました。CRMには、全社的な理解・協力が欠かせないのです。
そこで、CRMをスピーディに推進するためのふたつのヒントを提案しておきましょう。
ひとつは経営企画部門を積極的に巻き込んでいく方法。売上構造や顧客資産について非常に敏感で、自部門の課題として認識してもらいやすいため、理解を得られると心強い味方になります。CRMの取り組みを可視化したダッシュボードは、経営企画部門でも効果的に活用されるでしょう。
もうひとつは情報システム部門のバックアップを受ける方法です。CRMはデータを起点に実現するもの。データを主管する部門が能動的に支援してくれなければ、プロジェクトのスピードはがくんと落ちてしまいます。CRMが必要な理由を根気強く説明し、興味を持ってもらうことが非常に重要です。
CRMはマーケティング施策でありながら、企業全体の利益構造を変革する取り組みです。マーケティング部門の言葉で話すのではなく、全社理解が得られる言葉で他部門と会話し続けること。すべてのスタートはここにあるといっても過言ではありません。